First Approach
それは、ある日の夕刻のこと。
丁度皆さんの休憩時間が重なったこともあり、C隊のチーム回線は静まり返っていました。
ロビーまで出て活動していたのは、私、ミリエッタだけみたい。
のんびりとショップエリアを散策していた私の耳に、その声は突如として飛び込んで来たのです……
???「……さて。発言のタイミングとしては今が至高と呼ぶべきでしょうか。それとも逸した機は戻らぬと嘆くべきかしら」
誰も居ないはずのチーム回線から響く、聞き慣れない女性の声。
ミリエッタ「…あれ?ええと…?どなたでしょうか…?」
???「気になりますか。セレンフィールドさん。」
ミリエッタ「えっ…どうして私の名前を…」
誰何の問いへの答えは無く、突然ファミリーネームで名を呼ばれてうろたえてしまう私。
???「その反応をいましばらく愉しむ事も、問いに応えさらに追い詰める事も、どちらも一興ではありますが。
知る手段のみに限定するならば、さほど深い選択は必要ないと思いますが、如何?」
ミリエッタ「そ、それまぁ、私達アークスとしての登録情報は、ある程度公開はされていますけど…」
???「ええ、そういう事です」
声はあっさりと肯定してみせますが、そんな単純な話ではありません。
このC隊にミリエッタ・セレンフィールドという隊員がいる事くらいは、アークスの登録情報を当たればすぐに調べられるでしょう。
でも、こうして通話に応じた声の主がミリエッタだなんて、簡単には分からないはず。
私たちの事は、調査済み……!?
???「ふふ、戯言はこれくらいにしておきましょう。
仕掛けを要する必要もないサプライズに興じる。ただその程度のはした女にございますわ」
ミリエッタ「で、でもっ。この隊の方ではない、ですよね…。どなたなんですかっ…?」
適当にはぐらかされてしまったので、あらためて何者なのかを尋ねてみます。
大体、隊員でない人がチーム回線の通話に入り込んできている時点で、怪しさ満点です。
???「今少し、事を静観し泳いで戴くつもりではありましたが、ある方が非常に面白提案を為されたのでつい……ふふ。
そう、ですわね……いささか舞台にあがるには早すぎるきらいはございますが、これも流れのうち」
ミリエッタ「ある方が…提案…?舞台に上がるって…
あ、あの…一体、何のお話でしょうか…」
困ったことに、ますます訳の分からないことを言い出してしまいました。
そろそろ何者なのか、教えて欲しいところです。
でも、こんな怪しい人ですから、簡単には名乗ってくれないかも……
???「簡潔に申せばオラクル本営より派遣された監査員、にございますよ」
ミリエッタ「わわっ、オラクル本営の監査員さんっ?」
と思っていたら、唐突に所属を答えてくれました。
でも、オラクル本営の監査員って…!?
確かにそんな立場の人なら、私達について詳しく調べることや、チーム回線に割り込むことだって可能かもしれません。
だけど…!
???「ええ。とは申しましても、まだ正式な辞令は先の話すにございますゆえ、今はただのはした女。
そのように解していただければ。
これを持ち、先の貴女の質問の答えとさせていただきますわ。セレンフィールドさん。
得心、いただけまして?」
ミリエッタ「ぁ、は、はい…っ…。ありがとう、ござます…」
???「ふふ……」
難しい言い回しと畳み掛けるような勢いで、私はすっかり相手のペースに飲み込まれていました。
所属を教えて頂いたことに、律儀にお礼を言ってる場合じゃないです。
監査員さんがこの隊に、一体どんなご用件なの…!?
???「一つ、つまらない話を致しましょう。」
ミリエッタ「ぇ…は、はい…?」
???「鳥は卵を産むが道理。その殻は白く、中の雛が巣立つまでの隔壁以上の意味はない。
では、その殻が金ならば?」
ミリエッタ「は、はぁ…金の卵、ですか…?」
戸惑う私を他所に、監査員さんは“金の卵”のお話を始めました。
急なその展開に、私は混乱してしまいます。
???「もの珍しく衆目は無駄に集まり、卵を産む鳥にそれ以上の意味を期待してしまう事になる。
貴女も、その逸話はご存じでしょう?」
ミリエッタ「え、ええ、まぁ…」
毎日1つ金の卵を産む鳥を飼い、富を手に入れた農夫のお話。
だけど農夫はやがて、1日1個の金の卵では満足できなくなってしまう。
???「では、次の道理もご理解いただけるかと思いますが――
この金の卵を産むプロセスを解明する為に、鳥の腹を割くことは賢明な事でしょうか?」
ミリエッタ「えーと、金の卵のお話では、鳥さんのお腹の中には金の塊なんてなくて、馬鹿なコトをした~…ってオチでしたよね」
???「ええ。結局はプロセスも解明できず、金の卵を得る事もできぬまま、男は一人途方に暮れて終わる事になる」
欲張りはダメ、という教訓の童話だけど……
???「セレンフィールドさん。
よく似ていませんか?貴女と、この金の卵」
ミリエッタ「えっ…似てる、って…?私と、ですか…?」
???「いいえ、貴女だけではない。
貴女の知る、貴女が頼りとする仲間たちみなが、その金の卵に――代替えの利かぬ何者であると、そう思えませんか?」
私やこの隊のみんなが、金の卵のようなもの?
ミリエッタ「あの、どういうコトでしょう…?」
???「優秀なれど特異で、扱いの難い集団」
意味を量りかねて問う私に、彼女は言葉を続けます。
???「それはただの偶然なのでしょうか。それともなにか人知れぬ神の如き手がたぐり寄せた必然なのでしょうか。
調べるのはさほど難しい事では、ないのでしょうね」
ミリエッタ「…特異…確かにこの隊は、ちょっと変わった人達の集まった部隊ではありますけど…」
それが偶然なのか、必然なのか、って…?
???「調べるだけならば、ね。
ただ、腹を割けば良いのですから。
金の卵を産む鳥。その母体を」
なんだか物騒な事を言い始めました。
ミリエッタ「…っ…!?
あ、あの、一体何を…」
???「ああ、ああ、ふふふ。どうか思い違いをなされないで。
鳥を割いた男はなにも得られぬまま終わりました。
そしてその愚行は教訓となり、今に活かされる事となりました。
その今を生きる私たちが、なぜ男と同じ愚行を冒さなければなりませんの?」
慌てる私をなだめる様に、ゆっくりと語り掛ける監査員さん。
???「簡単な話です。
道理が知れぬのであれば、知れぬままでも鳥に金の卵を産み続けてもらいだけです。
事実、特殊C支援小隊は扱いの難い集団ではあるものの、ダーカーの群勢に対して非常な実効力を有しております。
ならばそれを活かすのが道理と言えましょう」
ミリエッタ「は、はい…みんな、凄い方達ばかりですからね…」
ダーカーに対する実効力という点では、私は耳が痛いけど…。
???「ふふ……故の、その為の私ですわ。
壊すのではなく、活かす。
貴女も含めた金の卵。その実力を十全に発揮してもらう為の。
監査とは、そのような意味に受け止めて戴ければ幸いですわ」
ミリエッタ「わ、分かりました…なんとなく、ですが…」
???「それは何より。
故に。その殻の輝きにくすみが生じる事を我々は厭います」
実際は、まだまだ分からないことだらけですけど。
先程の話からすると、この隊をどうにかしようとしている訳ではなさそう…?
ミリエッタ「え、ええと…私達は、今まで通り活動していて、問題ないというコト…ですよね…?」
???「ええ、当然」
確認のための質問を肯定され、私は胸を撫で下ろしました。
ミリエッタ「よかった、安心しました…」
???「私はその為の障害を取り除く為に派遣されたのですから、それを阻んでは本末転倒と申すしかありませんわ」
オラクル本営の監査員さんからの接触と知った時は、何を言われるのか不安になりましたけど、とりあえずは大丈夫みたい。
でも、やっぱりどこか引っ掛かります。
“障害を取り除くため”って…?
???「故に……」
ミリエッタ「……?」
???「ふふ……まだ尚早にございますのでこちらは控えておきましょう」
ミリエッタ「ぁ、はい…」
何かを言いかけた監査員さんですが、途中でその言葉を止めてしまいました。
???「ですが、貴女が望めば、貴女の望む理由はいつでもお渡しできる、とだけ伝えさせていただきますわ」
ミリエッタ「は、はぁ…」
一体なんだったんでしょう…?
???「さて、前哨、と呼ぶにはいささかの時の浪費をしてしまいましたか。
ロウフル……いえ。
グリントさん、と、この場合は申すべきなのかしらね。
一つ、言伝を願っても宜しいかしら?」
ミリエッタ「ぁ、はいっ…なんでしょうか」
グリントさんに伝言?
本営の方からの言葉なら、しっかりお伝えしないと――
そう、思ったのですが。
???「今のあなたは、もう一人のあなたを弱める要因にしかならない。亡霊は、去れ。と。
それを厭うのであれば、黒を駆逐なさい、とも」
紡がれた言葉の意味を理解した瞬間、冷水を浴びたような感覚に襲われました。
ミリエッタ「…っ…!?
そ、そんなコト、困りますっ…!」
???「あら」
そんな事、伝えられるはずがない。
グリントさんに…消えろ、もしくはロウフルさんを消せ、だなんて。
いえ、ちょっと待って、それ以前に。
どうしてオラクル本営の人が、彼の中にロウフルさんとグリントさんの2人がいることを知ってるの…!?
ミリエッタ「って、え?えっ…!?ど、何処まで知って…あっ!」
慌てて発してしまった言葉に、ハッとなって口を閉ざしますが、後の祭りです。
これでは、私達C隊がロウフルさんの秘密を抱えていたこと、そして、突き付けられた秘密を認めてしまったようなもの。
???「……ふふ。
腹を割かずとも、言葉を交わすだけでこうも理由を知る事はできる。
先人の教訓に感謝を」
ミリエッタ「………。」
これ以上迂闊な事を言わないように沈黙を続けますが、内心は動揺でそれどころではありませんでした。
どうしよう…本営の人に、ロウフルさんの事が知られてる…!
???「もっとも、理由に言葉を与えても、陳腐なものにしかなりませんが。ふふ、そういうものなのかもしれませんわね。
腹を割く愚行は致しませんが、病害を取り除かぬ怠惰にまで墜ちるつもりはありませんわ」
監査員さんは、ただ淡々と語ります。
???「同じ刃なら、白と黒。
どちらでもいいのですよ。
そこに十全な実効力を有しているのであれば」
ミリエッタ「………。」
どちらでもいいなんて、そんな…。
???「ですが、二つは必要ない。
十全を阻むものでしかないのなら、執刀は必要である、と。
それが私どもの見解です」
それが、オラクル本営の見解…
だから、この人は私達の隊に接触してきた…?
ミリエッタ「そ、そんな…そんなの、困ります…」
???「彼が逃した一つのダーカーが、後の誰かを殺すダーカーとなったとしても、まだ、貴女は同じ事を言えますか?
優しさは確かに美徳にございましょう。ですが、それも過ぎれば罪になる事をご理解ください」
ミリエッタ「だからって…」
どちらかに消えろなんて、言えるはずがない。
???「私が言葉にせずとも、彼なら……グリント氏ならば誰よりもよく、理解なされている事と思います。
生き残る事、見捨て、永らえたものが果たすべき使命と言い訳を、よく」
ミリエッタ「…ごめんなさい…それでも私からは、先程の言葉をグリントさんにお伝えする事は、できません…」
尚も言葉を続ける監査員さんに対して、私は震える声でそう答えるのが精一杯でした。
???「そう、ですか……」
監査員さんはそう呟くと、小さく息を吐く。
???「ふふ。いずれまた、機会はいくらでもありますゆえ、その折にでもご本人にでも伝える事と致しましょう
では、失礼致します」
静かな声で彼女がそう告げると、チーム回線の通信が断ち切られました。
ミリエッタ「…ぁ…。はぁ…どうしよう…」
結局――相手の名前も分からないまま、重い不安の影だけが残されて。
私は一人、途方に暮れるのでした……。
通信端末に記録された、通話ログより――
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> [2014-02-15T20:03:14]
> Communication disconnected.
> Entity ID:"Viola"
【中の人より】
- 最終更新:2015-09-14 01:16:38