黒き獣の行き着く先は

「どこだ……どこに居る」


黒の領域内、その上空を漆黒の影が舞う。時折その背に湛えた翼をはためかせては地上へと目を向け、
何かを探すように首を動かす。


「……仕方ねぇ、近い匂いを辿るか」


真っ白な髪にピンと立った耳、6本の太い尻尾を揺らして影は地上へと降り立った。
黒玉……C隊の一部メンバーからそう呼ばれるようになった平行世界のコハクである。


「……邪魔くせぇ」


小川に流れる橋の上に降りた黒玉を多数の黒の民、ダーカーが囲む。インガ・ヒョウリを構えた彼の怒気
に周囲のエネミーが一瞬動きを止めた、それほどに彼は今、機嫌が悪かったのだ。
殺したはずの以前の仲間、この世界が自分の居た場所とは全く違う次元だとわかってはいても彼等を他人
だと思えない、そんな人の心と全てを喰らい、破壊の限りを尽くさんとする化物としての本能がぶつかり合う。
二つの意思の間で揺れる心の乱れにただ苛立ち、血に染まったような色の刃を閃かせる。こんなことはあり得
ない、こんな風に、以前のように、心を乱すことなど……化物は化物らしく、全てを破壊すればいいはずなの
だから。


「コハ君?」


聞き覚えのある、ひどく懐かしい声が響く。


「このフォトン……」


目前で乱れ飛ぶフォトンブレードに彼の周囲を取り囲んでいたエネミーが怯む、間髪入れずに舞い込むは金色
の花とも見まごう程の美しい女性、花弁を散すが如くエネミーを駆逐してゆく。


「アークス……お前は、ティルトか」


ティルト、最後の瞬間まで彼を、“このコハク”を救おうとし続けた人物。二度と再会できるはずのないはず
だった、かつての仲間。


(今こいつに構っている暇はねぇんだがな……)


先ほどから感じている【双子】の気配、黒玉が黒の領域に訪れた目的はそれだ。
彼の体内に吸収されたダークファルスのうち完全に吸収できているのは【巨躯】、【敗者】のみ、歴史が歪んだ
あちらの世界にあっても【双子】とその体内に眠る【若人】は未だ健在であり、またダークファルスの意思も変
わることはない。
深淵なる闇に至る、それこそがダークファルスの真の目的、だが彼の目的はそこではない。
深淵なる闇も、ダークファルスも、そして全知存在さえも、全てを喰らい無に還す、それこそが彼の目的であり
本能、全てを破壊し尽すという彼の根底にある欲求が暴走した結果が、これである。
だからこそ、足りないパーツは別のところからでも補充する、あちらで逃げられた【双子】の片割れと【若人】は
こちらで吸収させて貰うという算段だ。


(……羽? コハ君の背中にあんなのあったかな……)


「まぁ、そんなとこだ」


背中に携えた黒い翼と白い尾がそれぞれ揺れる、この翼は黒玉が吸収した闇が、彼の龍翼に纏わり付いたものだ。
彼の纏う異質な空気にティルトの内に眠るもうひとつの精神体『ミュラ』が違和感を覚える。
黒玉が知っているのは表立って活動しているティルトのほうのみでミュラのことは知らない、だが彼女を感知できる程
今の彼には余裕がないらしい。


<……気を抜くなティルト、様子が違うぞ>


「え…は、はい」


ティルトに向けた内からの声、黒玉に感づかれないよう小声で返事をする。気を抜くわけにはいかない、だがティ
ルトにとっても、ミュラにとっても、今の彼を放置する理由はない。


「えーと、それじゃ……一緒に仕事に行かない?」


<ハミューの言っておった黒玉やもしれぬ…用心せよ>


本物のコハクなら彼の手助けをするために、黒玉なら、このまま動向を探り彼の目的を知るために。


「……足を引っ張るなよ」


―――――――黒の領域内、エリア2


「カンナちゃんが無事で良かったね」


コハクのサポートパートナー、カンナ。たまたま黒の領域内を探索していた二人を見つけ、救援を求めてきた彼女
が無事に帰還したのを確認しつつティルトが黒玉に声をかける。


「……あ? あぁ……あいつか」


「……」


先の共闘でもそうだが、コハクにしては先ほどからやはり様子がおかしい、ミュラだけでなくティルトの猜疑心も
最早確信に近いものに変わりつつあった。
実際、黒玉もそれを隠し通すつもりは毛頭ない、バレたらバレたでねじ伏せる、それに【双子】を倒して喰らい次第
どちらにしろ、彼女の息の根は止めるつもりなのだ。


「…どうした、さっさと行くぞ」


――――――黒の領域、深部


山の向こうからどす黒い気のようなものが流れ出る、この先になんらかの敵がいるのは確実だった。
無言でテレポーターを起動した二人がその場所へと転送される。
だがそこに現れたのは【双子】ではなくその眷属、コドッタ・イーデッタであった。大型の玩具系ダーカー二頭分の
ダークフォトンと周囲に蔓延るダーカー達の気配は彼の鼻を狂わせるには十分だったらしい。


「……また外れか【双子】め、どこに居やがる…!ああ仕方ねぇ!テメェで我慢しといてやる、おら来い!この俺が喰
らってやるよ!」


先ほどとは比べ物にならない程の怒気が黒玉から発せられる。同時に彼の翼が妖しく輝いた。
夜の帳を下ろすようにその翼を広げ、ダーカーを駆逐してゆく、ティルトの放つフォトンブレードは闇夜の衣に隠れか
の敵を貫き、黒に溶ける血閃がその四肢を斬り落とす。
堪らず飛び出した本体のうち一匹に黒玉が掴みかかった。


「ふざけた面しやがって、【双子】の力には遠くおよばねぇがテメェで我慢しといてやるよ……寄越しな!」


コドッタ・イーデッタの顔のようにも見えるコア部分にインガを突き刺す、そのまま絶命しコアだけを残して消える残骸
を嘲笑うように見下ろす。もう一体のほうも、終わったようだ。


「……これで終了、怪我とかない?」


目的は達成できなかったが収穫はあった、ここらが潮時だろう。己の体を気遣うティルトに苛立ちを覚えながら黒玉が刃
に刺さったままのコアを見やる。


「たかが眷属如きにこの俺がやられて堪るかよ……」


そしてそのダーカーコアに齧り付き、ごく自然に飲み込んだ、まるでその行為を見せ付けるかのように。


「……!?」


<やはり予想通りじゃろう…目の前の奴はいつものコハクとは別人じゃ、深入りはするなよ…?>


予測が現実のものとなる、深入りはしない、だが彼を放置しておこうなどとティルトは微塵も思っていなかった。


「さて……どうせ俺の正体はわかってるんだろ? まだテメェは殺してなかったよな、来いよ!」


(あの夢を見た日には…本当に悪い事ばかり起きるわね…)


「テメェが死んだらさっきの奴みてぇに俺が喰ってやるからよ!」


漆黒の暗翼が再び広げられる、剥き出しの殺意がそのままティルトに向けられた。


<挑発に乗るなよ、撤退戦じゃぞ?まともにぶつかってよい相手では…聞いておるのか!?>


彼を、このコハクを放置するわけにはいかない。仲間を守るために、誰も傷つけさせないために。


「……別にダーカーをどうこうするのは構いませんが…アークスに危害を加えるなら…こちらも黙ってはいません」


「ほう…言うじゃねぇか」


翼を大きく振りかぶり突風を巻き起こす黒玉、風に混じり赤く鋭い刃が乱れ飛んでティルトの体を確実に傷つける、それを片腕で
防ぎつつも空いた腕に握り締めた剣にフォトンブレードを纏わせた。


<いかん!いいから変われ!!聞いておるのか!!>


「今度は…今度こそ…守ってみせる…!」


内で叫ぶミュラの声を無視してティルトは後ろに飛びのきつつ黒玉にフォトンブレードを飛ばした、だが放たれた光の短刀は彼の持つ
インガ・ヒョウリに全て弾かれ、からめ取られた。


「正義のヒーロー気取りか?おら、返すぜぇ!」


からめ取ったフォトンブレードを無理やりティルトのほうに飛ばす黒玉、殺到するそれに混じり黒玉自身が放った血閃までもがティルト
を襲う。


「…ッチ!」


「おらおら、次はどうする、どんな攻撃だ?やってみせろよ、抗ってみせろよ!」


黒い目に沈んだ満月のような瞳が鈍く光を放つ、まだ昼間だというのに彼がいるだけでそこは、明けない夜が訪れたようにさえ思えた。


「何があなたをそこまで駆り立てるのですか…!」


「あぁ?」


恐怖、怒り、憎しみ……彼が戦った相手はどんな姿であろうといずれかの感情を持って向かってきた。今度も同じだと、そう思っていた黒玉に
予想外の言葉が突きつけられる。


「どうして消す、しか選択肢を持たないのですか…わかりあう手段だってあるはずなのに!」


破壊の衝動、ただそれだけに駆られて戦う黒玉にティルトはずっと違和感を持っていた。戦いながら助けを求めているようにさえ見えたのかもしれない。
だがその言葉は、彼の過去を、彼が元の世界にいた頃の記憶を呼び起こし、彼を憤怒させた。


「……テメェもか、テメェも……!」


インガを振りぬき、攻撃を仕掛けてこないティルトに対し怒りに任せるように黒玉が歩み寄る。
ただ歩いているだけ、それだけでは絶対に放つことの出来ない重圧が自然と、ティルトに臨戦態勢を取らせた。だが、遅い。


「そうやって、いつも俺も俺を殺そうとすらしねぇ!殺して、消して、そうやって奪うもんだろ…力ってのは、自由ってのは!」


「何を…!?」


ティルトが先ほどまで捉えていたはずの黒玉の姿がブレる、視認できないほどにその影が乱れたと同時、ティルトの首をインガ・ヒョウリが飛ばす……
かに、思われたが。


「……くそ、またか……またかよ……!」


黒玉の腕が震え、ティルトの首元に突きつけられたインガは直前で止まった。何故殺せない?薄々感づいてはいたのだ……こちらのコハクのせいではない
と。


「……貴方は……」


「俺は深淵なる闇を喰らう、あいつを喰って、アークスも残らず食い尽くす、全部ぶっ潰す、食い潰す!テメェ等にとってダーカー以上の敵のはずだ、それはテメェ等が一番
わかってる…はず…」


化物、アークスにとっての脅威。それ以外の何者でもない。それでもティルトは彼に手を伸ばす、ミュラがコハクにそうしたように。


「……なんでお前は、いつもそうやっていられるんだ……お前は、俺の知ってるお前じゃねぇんだろう」


同時に、ティルトは今の自分を、知らないはずだろう、と。


「…そうですね…そう思ってたかもしれません…でもやっぱり、そうは思えなくなっちゃいました。
あなたがどれだけ強大な力をもっていても…一人で生きていく事なんてできません、でも…貴方はこうして話ができるじゃないですか。
だから…大丈夫です…」


ティルトの細い指が黒玉の手を優しく包み込む、震えていた黒玉の手は静かに下がり、刃もティルトの首元を離れた。


「お前等を喰って、ダーカーを喰って…ダークファルスすら俺の腹ん中だ…お前のことも、俺は……」


「それで満たされましたか?」


暫く考え込むように俯いた後、黒玉はティルトの手を振り解き、彼女に背を向けた。


「もう問答はいい」


「コハク…君…」


ピクリと黒玉の耳が動く…彼にとってもその響きは懐かしく、今になってもまだ、心地よいものだった。


「…その名前で呼ばれるのは、こっちに来てから二度目だな」


「二度じゃすまなくなりますよ?」


ティルトが優しく微笑む、出来ればそうあって欲しい、そう願っている自分自身がいることに気が付き黒玉は頭を振ってその意思をかき消した。


「わかってくれるまで私は貴方を追い続けます…ううん、貴方ももう…わかってるんじゃないですか?」


これ以上彼女と居ると気が狂いそうで、化物としての本能を壊されないようにとその場を逃げるように黒玉は翼を広げ、黙ってその場を去った。


「大丈夫…うん…またね」


優しく手を振るティルトの姿を眼下に、そこへもう一度降り立ちたいなどと、まるで人間のような事を思いながら。


(俺は……どうすればいい、どうしたいんだ)


ハルコタンの上空、誰も居ない晴天の空の上で闇夜のような衣に包まれた白き獣がその翼を広げ宙を舞う。
その軌道は彼の惑う心を表すかのように、乱れに乱れた。化物は、化物になりきれずに、次は何を目指すのか、それすらもわからずに。

  • 最終更新:2016-03-24 13:00:41