黒い森の旅人


「――以上、現場からの中継でした」
「ありがとうございました。――」
「――で、ですね、この事故についてなんですけども、情報部だけでなくてですね、アークス全体の――」

「――。それでは、次のニュースです」









アークスシップ市街地の、焼け落ちたビル。建物の入口があったであろう場所には、花や飲み物、写真などが置かれている。
数週間前に、ここで爆発事故があった。表向きはアークスに関する企業の事故として、メディアの好奇の目に晒された。それも僅かな間だった。今はもうその話に触れようとする者は関係者か遺族、一部の物好きくらいだ。
なぜなら、裏向きには――その企業の実態を知る者にとっては――虚空機関に対する復讐、あるいは敵意の表示、そう取れるからであった。

閑話休題。

この話は、それを原因としつつも、全く異なる目的で動いた者の話である。


今、その件のビルの前に一人、男が立っている。細身で長身、上着に丈の長いコート、頭には黒い中折れ帽子。口元には煙草が煙をくゆらせている。周囲は静かだ。しかし、男と別の人の気配はある。もしここにいる者が一般人であったならばこう答えていただろう。気味が悪い、と。
しかし、この男の答えは異なっていた。いや、正しく表すならば、男「自体が普通と異なっていた」。

「…赤、17。白、8。…ふむ、珍しい。青が1。まぁ、それを差し引いても異常であることに違いはないですねぇ」
男は独り言のように告げる。目元はミラーグラスで見えないが、視線はビル、特にその中を覗いているようだ。返事も無いままに、間をおいて男は言葉を続けた。

「でしょうねぇ。地元でも中々ない。だからこそ、こうして現場に赴いている訳なのですがね」
その物言いはまるで会話をするかの様で、何かに対しての答の様でもあった。男はまだ言葉を続ける。

「さて、早いこと始めてしまいましょうか。こう放っておくのもどうして気分が良くない」
そう言うなり、男はコートを畳み、それを地面に置いた。続けて、一服した煙草の煙を周囲にまき、ミラーグラスを外し、帽子のつばを上げた。一連の動作に滞りはなく、何度も繰り返されているだろう動きだった。


気味の悪い空間が、更に煙で覆われる。現実感が曖昧になる空間が作り上げられていく中、
「…――、――」
男が何かを口ずさみ始めた。それは誰もが聞いたこともなく、また耳にしても意味を理解することは出来ない。
まるで御伽話の「呪文」そのものであった。
男は「それ」を淡々と口ずさみ続けていく。静かな中で煙に巻かれた廃ビルと、抑揚なく続く言外の言葉。
文字通りにそこは異常な空間だった。

ややあって、変化が訪れた。周囲に感じられた、
初めからあった気味の悪い人の気配。それが動き始めているのだ。見えないにも関わらず、気配は男の方へ、確実に動いている。
同時にそこへ、一つの物陰が現れた。それは男が所有する「マグ」だった。
アークスならば誰しもが知っており、かつ所有しているだろうサポートデバイス、マグ。
この異常な空間に現れたそれは、お互いの存在を際立たせていた。異常と普通。
だが、その普通の側に見えたマグですらも、「普通と異なっていた」。

煙がよどみ、流れが生じ始める。気配と男の言葉に連動するように、煙が流れる。すると、マグが発光し、男の周囲に光の輪を形作った。煙に巻かれ姿形すらも曖昧なこの空間内でも、その光はハッキリと見えた。アークスから見れば、フォトンブラストの様に見えただろう。
しかし、ここは市街地だ。武装に用いるフォトンは通常使えるはずがない。だがそれでも、ここでフォトンブラストのようなものは展開され、今にも幻獣が姿を現そうとしている。
「――[開け、冥府よ]。」
男の言葉が終わると共に、発現したモノは――






「…ふぅ。やはり疲れますね…この『仕事』は、ねぇ」
あの瞬間から幾らか時間が経過した後。男は、ここに居た最初の姿と同じ姿、同じ場所で、煙草をふかしていた。ただ、違うのは周囲の気配。
最初にあった気味の悪さは微塵も無く、静寂と男のふかす煙草の火煙だけが市街地に残っていた。


ふと、男が足元を見ると、事故の犠牲者に向けられたであろう、花束が添えられているのが目に止まった。


「この方達…彼らは、知っていたのでしょうかね。自分が愛する、或いは親しくしてきたモノ達の手が黒く染まっていたことを」
「…テメェが案ずる必要も権利もねぇよ。思案する暇ありゃもっと別んコトに使うこったな」
ふいに呟いた男の声に、答える声が。それは男のマグから発されていた。

「おや、音が出るようになったのですね。てっきり念話でしか会話できないものかと」
「あぁ、さっきまでは、な。テメェがここで『仕事』したからだろうなぁ。色々繋がっちまったんだろうなぁ?ん?」
「そうでしたか。それはそれは」
「け、なーにが、それはそれは、だ。テメェが何ヤったか識った上での台詞か?」
「えぇ、勿論。僕がしたことも、俺がしたことも」
「判ってるならいぃんだよ。テメェは何時ボケちまうか分らねぇからなぁ。バカになる前に終えられるといぃなぁ、ん?」
「はは、どうでしょうねぇ…まぁ、それまで君との縁は切れませんからね?それはしっかりと覚えていますよ?」
「チ、イテェとこ突きやがって…都合の良いタマだこと、ケッ…」
マグからの声と親しげに話す男。その顔は笑っているようにも、哀しんでいるようにも見えた。


「さて、帰りましょうかね。おそらく明日もまた仕事だ…あぁ、忙しい」
「ソレを楽しむなんざ、気が知れねェなぁ…ハナからテメェを識りてェと思った事もねェが、な」
「本当に冗談が好きですねぇ…まぁ、それも初めから、ですか」
「ケッ…」
男は、話を続けながらもその場を去っていった。花束の横に、煙草を添えて。



【あとがきですよごめんなさい】


  • 最終更新:2016-06-29 17:52:42