金色の傷痕

ミリエッタ「フレイさん。ロウフルさん。お時間がありましたら、少しお願いが……」
3人の間に流れた僅かな沈黙を破ったのは、部隊に配属されて一ヶ月程の、アークス研修生の少女だった。


その日、新たなメンバーを迎えた特殊C支援小隊の面々は、エストレヤのマイルームで新人との顔合わせを済ませたところだった。
“エックス”と名乗る、奇妙な言動の男性キャストとの顔合わせを無事に(?)終え、ある者は任務へ、またある者は自室へ……
各々がそれぞれの場所へと向かっていく。
顔合わせが行われた部屋に残っているのは、フレイ・ロウフル・ミリエッタの3人のみとなっていた。
さて、これからどうしたものか……と思案していたところで、ミリエッタが先程の言葉を発したのだった。


ロウフル「お、何かあるのか?」
フレイ「なんだ?」

二人が同時に、ミリエッタに問い掛ける。

ミリエッタ「はい、一緒に任務に出て頂きたいのです」

フレイ「いいよ、どこだい?」
ロウフル「おう、こっちも大歓迎だぜ」

ミリエッタからのお願いに、快諾するフレイとロウフル。
行き先を問われたミリエッタは、暫しの逡巡の後に答える。

ミリエッタ「訓練が目的なので、行き先は何処でも良いのですが……
      そうですね、今の私の実力だと、凍土あたりがいいのかな?」



【惑星ナベリウス凍土地域上空、キャンプシップ内――】

3人を乗せたキャンプシップは作戦エリア上空に到達し、あとは出撃を行うのみとなっていた。
今回、彼らが受けた任務は「凍土地域状況調査」。
凍土地域の原生種に対するダーカーの影響を調査し、侵食による凶暴性の増強が確認された場合は、その排除を行う。
指定エリア内のデータ収集と狂化原生種の排除をポイント換算し、一定値以上のポイントを取得することが目標となる。
携行品の用意、メディカル端末でのドリンク購入など、それぞれに準備を整えていたその時……
男性陣2人は、珍しい光景を目にする事となる。

ミリエッタ「んしょっ。ふぅ、ちょっと重いかな……」

今回の“依頼主”である少女が手にしていたもの。
それは、彼女が愛用している導具(タリス)・アルバディフューズではなく、細身の銃身を持つ銃剣(ガンスラッシュ)・ヴィタスレイヤーだった。

ロウフル「あれ?珍しいな」
フレイ「ん…銃剣…?」

後方支援を得意とするミリエッタは、タリス系統の武器を好んで使用する。
ロッドを手に取る事すら稀な彼女が、ガンスラッシュを使う場面など、フレイもロウフルも見た事が無かった。
首を傾げる二人に向き直り、ミリエッタが口を開く。

ミリエッタ「んっと、今回の任務……お願いなのですが。私に先導役をさせてください」
ロウフル「お?」
フレイ「おお…?大丈夫か?」

普段は部隊最後列に位置取るミリエッタからの、これまた意外な申し出。
ますます状況が掴めない2人に、彼女は言葉を続ける。

ミリエッタ「私、ずっとタリスを使ってばかりでしたから……近距離戦闘が苦手なのです。
      アークスを目指すなら、標準武装のガンスラッシュくらい最低限扱えるようになっておかないと、と思いまして……」

そして、2人に同行を依頼した理由についても。

ミリエッタ「私一人で訓練に出るのは不安でしたけど、フレイさんとロウフルさんが一緒なら安心です。
      それに、ハンターとブレイバーのお二人は、近接戦闘の経験も豊富でしょうから……
      後ろから見ていて何か気づいたところがあれば、アドバイスを頂きたいのですっ」

ロウフル「なるほど、そういう事なのか」

ガンスラッシュ装備の理由と最前に立つ意味、そして自分に求められた役割を聞き、ロウフルは納得した様子だ。

ロウフル「俺はいつものごとく、適当に支援中心で動くから丁度いいな。
     いざとなったらしっかりサポートするぜ?」

青いコートを身に纏い、アサルトライフルのラムダシュヴァーンを担いだロウフルは、準備OKとばかりに親指を立てる。
ブレイバーを主軸としつつ、サブクラスに据えたレンジャーの支援特性を活かす――
“バックアップ・ブルー”と名付けられた戦闘スタイルで任務に臨むようだ。

一方、フレイの方は。

フレイ「……そうか、まあ、フォースとはいえ…近距離に持ち込まれたときの体捌きがわかってた方が、いいしな……。
    ……生存率を上げる、のに、繋がるな…」

ミリエッタの目的は理解したようだが、酷く歯切れが悪く、何かを思い悩むような表情をしていた。
できれば、彼女を前に立たせたくはない――それが彼の本心。
しかし、懸命に鍛錬に励む後輩の頼みを拒否する言葉も見つからず。

フレイ「…わかった、でも、無理はしないでくれよ」

小さく息を吐き、そう答える事が精一杯だった。

ミリエッタ「はい…!それでは、よろしくお願いしますっ」

二人の承諾を得て、ぺこりと頭を下げるミリエッタ。
そして、彼女とロウフルは勢い良くテレプールに飛び込んでいく。

フレイ「……」

暫しの躊躇いの後、フレイもその後に続いた。



【凍土地域状況調査、作戦エリア――】

3人の周囲に広がるのは、一面の銀世界。
ミリエッタが先頭に立ち、その後ろにロウフルとフレイが続く形で、調査対象のエリア内を駆けて行く。
真っ白な風景が後ろへ流れて行く中、フレイの視線はずっと、すぐ前を走る小さな背中に向けられていた。

フレイ「……くそ……後姿か……」

小さな声で、ぽつりと呟くフレイ。
ミリエッタ――明るく真面目で、皆から妹のように可愛がられている後輩。
だが、フレイは彼女が隊に配属されたその時から、複雑な感情を抱いていた。

面と向かって話している時は、なんともない。
琥珀色の瞳を見ていれば、何も思い出す事はないのだから。
だが、後姿は。
キラキラと透けるような金色の髪には。
失ったかけがえのない存在を重ねてしまい、彼の心の中に重く苦い澱みを湧き上がらせる。
見てはダメだ……そう頭では分かっているのに、どうしても視線を逸らす事ができない。


ロウフル「どうした?兄貴。難しい顔して……」

思考の渦に沈みかけていたフレイだが、唐突に声を掛けられて我に返る。
隣を走るロウフルが、彼の顔を覗き込んでいた。

フレイ「あ、いや……なんでもない」

どうやら、無意識に顔に出ていたらしい。
任務に集中しようと、軽く頭を振るフレイ。
彼が再び前方に視線を戻すと、そこには幸運な事に、他に意識を向けるべき存在が居た。

銀色の体毛に覆われた、猿のような獣が複数……イエーデの群れ。
3人の姿を見るなり敵意を顕にして、一斉に威嚇の叫び声を上げる。
縄張り意識の強いナベリウス原生種でも、この攻撃性は普通ではない。
ダーカーの影響を受けていると見て、間違いなさそうだ。
3人は武器を構え、眼前の敵に狙いを定めた。

ミリエッタ「はっ!やぁっ!えぇいっ!!」

ヴィタスレイヤーのフォトン刃が閃き、イエーデの1匹が地に伏せる。
ややぎこちない動きではあるが、根が真面目なミリエッタの事だ。
ガンスラッシュの扱いについても、日頃の鍛錬からある程度の基礎は出来上がっていた。
近接戦闘を得意とするフレイやロウフルには遠く及ばないが、原生種と渡り合うには十分なレベルだろう。

ロウフル「へぇ、大したものじゃないか」
フレイ「そう、だな……」

その様子を見てひとまずは安心したのか、男達もそれぞれに敵の排除に取り掛かる。
周囲を見渡すと、騒ぎを聞きつけたのか、他のイエーデの群れやファンガルフル率いるガルフルたちまで集まりつつあった。
原生種との戦いは、苛烈なものになりそうだ。




ミリエッタ「はぁ、はぁっ……やっと目標ポイントの半分……。
      やっぱり、慣れてないと……大変、ですね……」

原生種の群れを撃退し、その後幾つかの区画を探索し終えたところで、手元の端末が目標ポイントの半分を達成した事を告げた。
不慣れな近接武器を手にどうにか戦い抜いているミリエッタだが、すっかり息が上がってしまっている。

ロウフル「やっぱ近接戦は良く動くからなー」
フレイ「……無理すんなよ、マジで。
    ミリエッタちゃんに怪我でもさせたら、俺らが怒られちまうからな、はは…」
ロウフル「そういうことだなっ」

対する男性陣は余裕の様子。
ずっと複雑な顔つきだったフレイも、身体を動かしたからか、冗談が口を衝く程度の余裕は出てきたようだ。
だが。

ミリエッタ「あはは…気をつけますっ。
      でも、まだ大丈夫!あと半分、頑張らないと!」

そう言って、肩に掛かった髪をかき上げるミリエッタ。

フレイ「……ッ……」

嫌でも金色の髪を意識させられるその仕草に、再び表情が凍り、息が詰まる。
心臓がドクンと1つ、大きく脈打ったような気がした。

ロウフル(なーんか、兄貴の様子がおかしいな……)

そんなフレイの様子を、ロウフルが怪訝そうに見つめる。
しかし、先頭のミリエッタは既に走り出している。
湧き上がった疑問を振り払うように、ロウフルはその背中を追った。



【小半刻ほど後――】

ロウフル「よ~し、あとちょっとだな」
フレイ「この調子なら、無事に終わるか」
ミリエッタ「はぁっ…ふぅ…っ…、もう少し、です……」

一行は今回の作戦エリアの大半を回り終えており、データ収集ポイントも目標値の9割近くに達していた。
足を進める先には、再び原生種たちの影……計5匹のイエーデが見える。
3人はそれぞれ散開し、イエーデたちとの戦闘を開始した。

フレイとロウフルがそれぞれ2匹ずつの相手を引き受けてくれたため、ミリエッタは残る1匹と対峙する。
既に疲労困憊といった様子の彼女だったが、イエーデ1匹であればどうにかなりそうだ。
投げつけられた雪玉を素早いステップで回避し、間合いを詰めて斬りかかる。
怯んだ隙に袈裟懸けの斬撃を見舞い、返す刃でもう一撃。
悲鳴を上げる身体が限界に達する前に、一気に勝負を決めてしまいたかった。

ミリエッタ「これで、終わり…っ…!」

そんな焦りのせいだろうか。
トドメの一撃を見舞い、イエーデが倒れるその時まで、背後の雪塊の影に潜む獣に気付けなかったのは。


フレイ「ミリエッタちゃん!後ろだっ!!」

フレイの叫び声に振り返ると、今まさにこちらに飛び掛らんとするガルフルの姿が見えた。

ミリエッタ「きゃぅっ!?」

咄嗟に飛び退るも、空中でガルフルと交差した瞬間にバランスを崩し、雪原に倒れ込むミリエッタ。
着地した獣は、大きく距離を取るように跳躍した後、再び獲物の方に向き直ろうとして――
その身にラムダシュヴァーンの弾丸を浴び、崩れ落ちた。
ガルフルを仕留めた事で、ロウフルの端末が目標ポイントの達成を告げる。
だが、今はそんな事よりも。

ロウフル「ミリィ!」
フレイ「ミリエッタちゃん!」

倒れたままのミリエッタに、慌てて駆け寄るフレイとロウフル。
雪の中に半ば埋もれるような形になっていた彼女を、フレイが抱き起こす。

ミリエッタ「ぅ、いたたた……。
      あはは……慣れない事すると、ダメですね……。
      ちょっと、やられちゃいました……」

腕の中で力なく笑うミリエッタ。
その顔を覗き込んで、フレイは息を飲む。

フレイ「ッ!ミリエッタちゃん、血が……!」

咽笛を狙って噛み付いてきた牙こそ逃れたものの、鋭い爪が掠めていたのだろうか。
額から溢れ出した血が顔を伝い、その長い髪の中にまで赤く染み込んでいた。
金色と、赤色と。
2つの色がフレイの視界の中で混ざり合い、ぐるぐると渦巻いてゆく。

フレイ(ぐっ……ダメなんだよ、その色は……)

心臓が早鐘を打ち、息苦しさと目眩を覚える。
抱き起こされた事で眉間まで流れてきた血に、ギュッと目を閉じるミリエッタ。
まだ幼さの残る顔立ち。
その閉ざされた瞼の奥にあるのが、碧い瞳であるかのような錯覚に捕らわれて――
彼は少女を抱きかかえた体勢のまま、身動きが取れなくなっていた。


ロウフル「ミリィッ!大丈夫か!?
     待ってろ、すぐにコイツで……!」

横から傷の様子を覗き込んだロウフルが、スターアトマイザーを投げ上げた。
周囲一帯に緑色の光が広がり、たちどころに傷が癒えていく。
そして、ミリエッタの前にしゃがみ込み、顔や髪に付いた血をハンカチで優しく拭い取った。

ロウフル「ほら、これでもう大丈夫だ」
ミリエッタ「ぁ……ありがとうございます……」

傷の痛みが消えて視界が戻り、ロウフルに礼を告げたところで、ミリエッタは自分がずっとフレイの腕の中にいた事に気が付いた。

ミリエッタ「フレイさんも、そのっ……もう、大丈夫ですから!
      ありがとう、ございましたっ……」

少女は赤面しながら身を起こし、自分の脚で雪原に立つ。

フレイ「……!あ、あぁ……」

その言葉に、現実に引き戻されるフレイ。
赤色は視界から消えており、開かれた彼女の瞳は、いつも通りの琥珀色だった。
波が引いていくように、急速に冷静さを取り戻していく。
残る金色を意識しないよう、その瞳を見つめながら……どうにか言葉を絞り出した。

フレイ「……無理だけは本当、しないでくれよ」



【アークスシップ ロビー・ゲートエリア内――】

ミリエッタ「お二人とも、今日はありがとうございましたっ」

ロビーに帰還したところで、ミリエッタはフレイとロウフルに改めて礼を言う。

ロウフル「おう!」
フレイ「いや、……これからも近接訓練の時は、誰か呼ぶんだぞ。
    絶対に、守ってもらえるような奴を……」

それぞれに答える男達。

ミリエッタ「その……いずれまた、お願いしてもいいですか?」
ロウフル「おう、要請があればすっとんでいくぜ」
フレイ「……ああ、もちろんだ」

“次”のお願いに、間髪入れず快諾するロウフルと、一瞬の間を置いて承諾するフレイ。

ミリエッタ「ありがとうございますっ!」

結局、最後まで彼の苦悩と葛藤に気付く事なく――
少女は満面の笑みで礼を言い、所持品の整理のためにショップエリアへと向かった。



フレイ「ふぅ……」

ミリエッタが去った後、フレイが大きくため息をつく。
任務の間中ずっと、無理をしていたのは明らかだった。

ロウフル「どうした兄貴、えらくお疲れみたいだな~」
フレイ「ああ、いや……大丈夫だ、すまん、はは……。
    ミリエッタちゃんが心配でさ……はらはら疲れかもな?」

ロウフルの心配に、茶化すように笑いながら答えるフレイだが、押し寄せる疲労感は誤魔化せそうにない。

フレイ「……やっぱり、少し疲れたな……部屋に戻ることにするよ」
ロウフル「そうか、今日もおつかれさんだぜ」

そう言って、フレイはマイルームエリアへのワープゲートへと向かう。
その背中に、ロウフルが声を掛けた。

ロウフル「まあ……あれだ、うちの相談窓口ならいつでもオープンだぜ?」

今のフレイには、深くは踏み込もうとはしない弟分の気遣いが嬉しかった。

フレイ「……ん?…ああ、はは、心配かけちゃったか……大丈夫だよ、ありがとな」

少しだけ後ろを振り返り、軽く手を振って、彼はゲートの中へと消える。
今はまだ乗り越えられない、傷痕を抱えたまま。



【中の人より】


【2015.06.13追記】


  • 最終更新:2015-09-14 01:15:48