過剰感応

ナベリウス森林地域。
ミリエッタは深緑に包まれた地に降り立ち、その奥部を目指していた。

この日彼女に課せられた任務は、生態調査を目的としたナヴ・ラッピーの捕獲。
作戦エリア内は比較的安全とされる地域で、アークス研修生の彼女が経験を積むには最適な仕事だった。

アイリス「第一エリアの中間地点まで到達しました。
     このまま北上すれば、ナヴ・ラッピーの群棲地……第二エリアに突入すると見られます」

ミリエッタの隣で、サポートパートナーのアイリスが進行ルートのナビゲートを行う。
その言葉に小さく頷き、歩みを進めるミリエッタ。

ミリエッタ「ありがと、アイリス。ここまでは順調だね」
アイリス「はい。ですが……」

主の言葉に応えながら、アイリスは遠方の空を見上げる。
その視線の先で、樹々の隙間から眩い光の柱が立ち上り、虚空へと消えていった。

...

アイリス「この地域で任務に従事しているアークスが、他にも何名かいるようです。
     PSEの発生を確認……レベル上昇、続いています」

視線を己の主人へと移すアイリス。
その表情は、不安げに曇っている。

ここまでの任務遂行状況は、ミリエッタの言葉通り順調そのものだ。
だが、丁度同じエリアに出撃していたアークスが複数いたらしく、遠くで戦闘を行う気配が感じられた。
同時に、それによって周囲のフォトンが刺激され、活性化する気配……即ち、PSEの発生も。
徐々にその活動レベルを高めつつあるPSEが、彼女たちにとって心配の種となり始めていた。

ミリエッタ「そうだね……フォトンの“声”が、どんどん大きくなってきてる……。
      急いだ方がいいかもしれない」

そう言って眉をひそめるミリエッタ。
その頬を一筋の汗が伝う。
彼女の身体は先程から火照るように熱を帯び、頭の中にはノイズ交じりの甲高い音がうねるように響き続けていた。


PSEの発生は通常、アークスにとって歓迎される事象である。
フォトンを武器とする彼らにとって、大気中のフォトンの活性化は、その力を増幅させる事に繋がるからだ。

しかし、極めて強いフォトン感応力を持つミリエッタにとって、激しい励起状態となったフォトンは少々刺激が強過ぎた。
先刻からの身体の異変……微熱や、彼女が“声”と呼ぶ耳鳴りのようなものは、PSEによるエネルギーが絶え間無く流れ込む事で引き起こされている。
他のアークスの活動によって、PSEのレベルが上昇を続けているこの区画は、あまり長居したい場所ではなかった。
先を急ごうと、第二エリアへ続く道を駆け出すミリエッタとアイリス。
だが、そんな彼女らの前で再び、一際大きな光の柱が天を貫いた。

ミリエッタ「…っ…!」

押し寄せるフォトンの波に、ミリエッタはびくりと身体を震わせる。
そんな主人の様子と、端末に表示された周辺環境のデータを交互に見つめながら、アイリスが青ざめた表情で叫ぶ。

アイリス「マスター!当エリアのPSEが、レベル8に到達しましたっ!このままでは…!!」

ミリエッタはアイリスの言葉を聞くまでもなく、既にその肌で感じ取っていた。
周囲のフォトンが今まで以上に活発に動き回り、今にも弾け出そうとしているのを。
そしてその直後、空気そのものが突然沸騰したかのように、爆発的なエネルギーが放出される。

ミリエッタ「ひぁっ!?」

PSEバーストの発生――凄まじいフォトンの奔流が、ミリエッタを飲み込んだ。
全身が燃えるように熱く感じられ、激しい耳鳴りと頭痛が襲う。
彼女は自らの身体を抱きかかえるようにして、その場にうずくまっていた。

...

アイリス「マスターっ!大丈夫ですか?!しっかりしてください!!」
ミリエッタ「んっ…、…はぁ…っ…!身体が熱い…!お願い、早く鎮まって…!!」

アイリスが必死に呼び掛けるが、ミリエッタは動く事もままならない。
熱に朦朧とする意識をどうにかフォトン操作に向け、自身に及ぶ影響を抑えるので精一杯の様子だ。
こんな状態で原生種に襲われでもしたら、ひとたまりもない。
主に危険が及ばぬよう、アイリスはバレットボウを手にして周囲に神経を研ぎ澄ませる。
今はただ、フォトンの嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。


アイリス「PSEレベル、低下――マスター、お身体の具合は…!?」

程なくしてPSEバースト状態は収束し、周囲のフォトンは静けさを取り戻していた。
警戒態勢を続けていたアイリスが主の下へと駆け寄り、その容態を気遣う。
ミリエッタは少しふらつきながらも、どうにかその場に立ち上がった。

ミリエッタ「はぁ…はぁ……、うん……ちょっとくらくらするけど、もう大丈夫。
      ごめんねアイリス、いつも迷惑掛けて……
      守ってくれて、ありがとう」
アイリス「いいえ、私はサポートパートナーですから……
     マスターのお力になれるのが、何よりの幸せです」

健気に尽くしてくれる小さなパートナーに礼を言い、ミリエッタは道の先へと視線を向ける。

ミリエッタ「お仕事、続けないと。
      このまま北上、でいいんだよね」
アイリス「はい、参りましょう……!」

アークスとしての任務を継続すべく、二人は森の奥へと進んでいった。



周囲のフォトンに対する過剰感応。
類稀なるフォトン感応力を持つミリエッタが、その力の大きさ故に苛まれてきたもの。
彼女はその体質を克服するため、フォトン操作技術を学ぶべくアークスを志した。

しかしそれは、最もフォトンと接する機会の多い場所に、己の身を置く事を意味する。
アークスとしての優れた才能と、アークスとしては致命的な問題。
大きな矛盾を抱える事になるのは分かっていた。
それでも彼女は、自らの力と向き合って生きる道を選ぶ。

これは、そんな少女の物語――

  • 最終更新:2015-09-14 01:03:53