舞い降りるは深淵なる闇翼

「お前さん等は、殺したはずだぜ?」


まるでその言葉自体が周囲を威圧するかのように響き渡る、黒いコートに身を包んだコハクらしき人物の瞳がゴトー、アーデルハイド、ハミュー、イルマ、ミアを見回す
イルマとミアを知らないと言い、ゴトー、アーデルハイド、ハミューを殺したはずだと発言したそれは、そのままギロリとゴトーのほうを睨みつけた。


「な、なにを言って…?」


「…噛み合いませんね」


「あらあらまぁまぁ」


当然の如くその場にいるものは困惑や疑念に包まれ多少なりとも混乱する、アーデルハイドだけは飄々とした態度を崩してはいないが、彼女も含め全員が目の前のそれから目を離すことはしなかった。


「何か…いつもとは違う…コハクさんです?」


「どうしちゃったんですか、なんかヘンですよ!?」


イルマとハミューが言うとおり、この状況は明らかに異常だ。だがこの“混沌”はまだ始まりにすぎなかった、彼の次の言葉でその場に居る全員が嫌でもそれをかみ締めることになる。


「まぁよくわかんねぇが、俺の前に現れたってことは覚悟は出来てんだよなァ?」


彼の、黒いコハクの纏うフォトンが異質なものに変わっていく。以前にゴトーが対峙した龍化し、暴走したコハクよりも邪悪で重く圧し掛かってくるような雰囲気のフォトンがその場を満たす。
ダークファルスを思わせるそれは一気に膨れ上がり、増大し、黒いコハクの背に現れた漆黒の翼にまとわりついてゆく。


「来ますね、構えましょうか」


「わ…」


「くるって…え??」


すぐさま戦闘態勢を整える者、状況を飲み込めぬ者、どちらも等しく黒く沈んだ月色の瞳に映り込む。



「殺される覚悟がよォ!」


妖しく光る赤染めの刃がゴトーのツインマシンガンが放つ弾丸を弾き飛ばしながらアーデルを追う、彼女の抜いたカタナがそれを受け止め一瞬のうちに幾千の火花を散らす。ゴトーのテクニックが彼を捉えてもそれは悉く弾き落とされ、アーデルが放つ神速の斬撃も黒いコハクの体には触れることすらできない。


「オラオラァ!さっきまでの威勢はどうした、アーデルハイドォ!」


「ちっ…」


振り上げられる双刃をカタナの腹で受け止める、普通の相手であればここからカウンターすることすら可能なはずの技量を持つアーデルでもそれを実行することは出来なかった“刃を引けば殺られる”長年の勘がそう告げていた。
だが、目の前の男はそれすらも覆した。


「ぶっ飛べェ!」


力任せに振り上げられた刃に押され、アーデルのカタナが弾かれて彼女の身が空中へと打ち上げられる。一瞬で背後に現れた黒いコハクの口端が僅かに歪むのを見てアーデルはその瞬間死すらも覚悟した。


「させるものかっ!」


ゴトーの放った弾丸が弾き飛ばされ、宙に舞うアーデルのカタナを捉える。柄の部分に当たった弾丸はカタナをブーメランのように回転させながらアーデルのほうへと押し戻した。
アーデルの手がカタナの柄を握り、そのまま刃が背後の黒いコハクへと振りぬかれる……だがそれでも、カタナの先端が彼の体を捉えることは出来ず斬撃は虚しく空を切った。


「興ざめだぜ…ゴトー」


瞬間移動の如き速度でゴトーの背後に現れた黒いコハクがその背中を、空中に居るアーデルの方へと蹴り飛ばす、抵抗する間もなくゴトーの身体はアーデルと衝突し二人は地面に叩き付けられてうめき声をあげた。


「死なねぇか……チッ、なんだこりゃ、力が制限でもされてるってのか?」


立ち上がるゴトーとアーデルを見て舌を打ち、黒いコハクは明らかに苛立ちの態度を見せていた。


「感化でもされましたかね…ダークファルスにでも」


「ダークファルス……確かにダークファルスのフォトンに似てますね……?」


先ほどアークスシップ全体に警報がなされ、無事撃退された【巨躯】と【敗者】、それに似た、だがそれよりももっと濃い赤黒いフォトンのようなものをコハクは纏っていた。
ミアやイルマがそれに気が付き、一層警戒を高める、そんな折に突然全員の通信機から聞き慣れた声が響いた。


『そっから離れろ!そいつは俺じゃねぇ!』


「え?え??」


「にゃ!?」


「え、コハクさん…?」


ハミュー、ミア、イルマが通信機から聞こえるコハクの声を聞いて思わず黒いコハクのほうを確認する……通信機を使っている様子はない、ならば誰が?


『そいつはやべぇ、今は出てきたばっかで力はよえぇかもしれねぇが準備無しに太刀打ちできるようなねぇ!』


相当焦っていたのかコハクの声は周囲に音を漏らしてしまうほど大きかった、それが大きな間違いになるとは、この時誰も思いはしなかっただろう。


「そ、そういえば…もしかしてこの前コハクさんが言ってた、もう一人の…?」


イルマやミリィ、ティルトが聞かされたコハクと呼応する彼と似た存在、イルマはそれを思い出してすぐさま、それが目の前の黒いコハクの正体だと思い込んだ、だがそれ故に遠慮する必要はないととった戦闘の構えが黒いコハクの瞳に映ってしまう。
またしても一瞬のうちに移動したコハクがイルマの首を締め上げ、持ち上げる。


「なるほどなァ、大体わかってきたぜ?」


「なっ…ぐぐ…このっ!」


口角を歪ませ、力を込めるコハクの腕をイルマの細い指が掴み抵抗する、だがその程度で拘束を逃れることは出来ない。


「コ、コハクさん!!そんなことしちゃだめですっ」


ハミューの静止も、ゴトーが放ったテクニックもまるで戯言かのように流し黒いコハクは言葉を続けた。


「てめぇ等の知ってるほうのコハク、そいつの居場所を教えて貰おうじゃねぇか」


「誰が……そんなことっ」



赤く染まった刀身がイルマの首に突きつけられる、明確な殺意を持って向けられたそれはイルマの顔を恐怖に引きつらせ、身体を硬直させた。
コハクの、本気の殺意がイルマへと向けられる。


「…アデルさん、やりましょうか」


コハクの瞳が動く、その目は確実にゴトーの放った銃弾を捉え、その手はそれを弾き返すための刃をかざした……だが、視界の端に移ったアーデルの構えを見た瞬間、コハクは弾かれるように身体の向きを変えた。
重しとなるイルマの身体を開放し身軽になった足で素早く銃弾を避ける、その場にいて弾を弾いていれば今頃アーデルの剣閃の餌食となっていただろう。


「チッ…邪魔しやがる」


黒いコハクがその背に生える翼を大きく広げる、同時に周囲の景色が歪んでゆき、その翼の付け根には赤い時計のような紋章が現れた。


「こんな力まで使わせやがって…てめぇ等と遊ぶのはまた今度だ、連携なんてされるとクソ面倒くせぇからなァ」


ボーンという独特の音が響くと同時、時空が歪みコハクの見る世界がスローモーになり、雨粒一滴でさえもひとつひとつ目で追えるようにまでなる。
コハク以外には、今のコハクが凄まじく速く動いているように見えるのだろう。


「減速…いや、向こうが加速してるのか、面倒な」


「空間を…捻じ曲げた?」


酷く滑稽にすら見える自らの敵の姿を翼を広げ、空から見下す今のコハクはまるで支配者にでもなったかのようだ。
だがそれでも、コハクは彼等を殺そうとはしなかった、できなかったというべきか。だがそれも制限だと、あいつがいるせいだと、彼はそう考えた。


「まずは“こっちのコハク”を殺しちまわねぇとなァ……」


翼を羽ばたかせ上空へと翔けあがる、元に戻った時間の中で雨に混じって舞い降りた黒い翼は、不吉な色を地面に落として消えていった。

  • 最終更新:2015-09-14 21:08:29