絶望ノ調

地に伏し呻く黒い龍を踏みつけ、白銀に包まれし煉獄が吠える。一行がコハクを見つけるのに、そう時間はかから
なかった。
不気味なほどに静まり返った龍祭壇はコハクの軌跡をそのままに残し、コハクの放つ異様な雰囲気はミリエッタで
なくとも感じ取れるほどに大きくなっていた。


「では皆さん、手筈通りに……」


コハクに悟られないよう、物陰でゴトーがそう呟く。
アキから得た情報やコハクの性質から、ゴトーはコハクからダーカー因子だけを切り離す方法を模索していた、結
果として得られたのは不確定な情報であり、実行にもかなりの危険を要するものだったが、それでもコハクを救え
る可能性があるならばと全員が同意した作戦である。
冥桜発動の瞬間に各々が同時に最大火力を持つ攻撃を叩き込む、勿論その攻撃でコハクが絶命してしまう可能性も
ある、だが能力を発動されてしまえばおそらく、こちらに勝ち目はない。


「コハク……!」


作戦に同意した者の中にも迷いを抱くものは居た、立案したゴトーでさえ、全く迷いがないといえば嘘になる。
そんな中でロウフルは、自分の信条に反するこの戦いと、コハクとの約束の間で揺れていた。コハクは必ず連れ
戻す、だがそのために仲間を傷つけていいものか、そもそも今目の前にいるアレは仲間なのか、敵なのか。


「ともかく今は、彼の動きを止めないとだろう?」


葉月の背負うニレンカムイが鈍く光る、彼女の言うとおり、移動される前にコハクの動きを止めなければまた最初
からやり直しだ、その間にまた大きな被害が出れば今度こそ彼は一切の慈悲もなしに抹殺されることになる。


「わかってる、わかってるけどよ……!」


「ロウフル、あまり無茶をするでない」


苛立ちを隠しきれないロウフルを制し、ティルトが立ち上がる。
お世辞にも落ち着いているとはいえないロウフルをこのまま戦闘に出せば彼自身の命が危ない、そんなことはロウ
フル自身もわかってはいたが、人間の感情は、そう簡単に押し殺せるものでもない。
その時、様子を伺っていたイリアの瞳がコハクのそれと重なった。


「……っ!見つかりました!全員退避を!」


イリアが言葉を発するとほぼ同時、先ほどまで視線の先にいたコハクの姿が消え、物陰の裏から爪を振りかざして
襲いかかってきていた。
太く大きな爪は一瞬動作の遅れたロウフルに向けられる、だがその刹那、ロウフルがその爪を認識するよりも早く
イリアがその間に割り込んだ。


「イリア!」


ロウフルの目の前でイリアはしたたかに踏みつけられ、破損したパーツがその周辺に飛び散った。
瞬間、ロウフルのなかで何かが切れる、イリアを踏みつけているそれを完全に敵として認識したのだ。
余計な思考が混じることもなく、ロウフルは一切の迷い無しにカタナを振り抜いた、だが、それも空を切る。


「ちっ!」


再び距離をとったコハクをロウフルが捉える、同時に発動されたロウフルのカタナコンバットが、コハクとの距離
を瞬時に詰めた。
縮地と瞬間移動を繰り返しながら、ロウフルがコハクを攻め立ててゆく、執拗に足元を狙う攻撃にコハクは堪らず
翼を広げ、空中へと翔び出した。


「馬鹿者!追うな!」


ティルトの警告も無視してロウフルも空へと跳躍する。 ロウフルは忘れていた、目の前に相対しているのがあの
コハクだということに、そして空は、彼の領域だということに。


「しまっ……!」


空中で身動きがとれなくなったロウフルに柔らかな毛が当たる、だがいくら柔らかくとも攻撃のために振り抜かれ
たそれは相応の衝撃を以てロウフルを地面に叩きつけた。


「ティルトさん!」


「わかっておる!」


ゴトーがコハクへの射撃を開始すると同時にティルトがロウフルとイリアの元へと駆け出す、それぞれ被弾したの
はたった一撃、それでも二人の外傷は致命的だった。
ティルトはすぐに光属性のテクニック、レスタのチャージを始めた、だがそのフォトンの流れを感知したかのよう
に、ゴトーの攻撃を完全に無視したコハクが今度はティルトに襲いかかる。


「させないよ」


飛びかかってきたコハクを葉月のカムイが受け流す、勢いをそのままに壁に叩きつけられたコハクにゴトーの放っ
た銃弾が迫る。
だがその銃弾のほとんどはコハクの体に着弾せず壁に弾かれ、再びティルトの目の前にコハクが現れる。


「グレネード弾装填、目標確認、発射!」


イリアのキャノンから強力なグレネード弾が放たれ、迫るコハクが吹き飛ばされる。イリアは即座に別の弾を懐か
ら取り出し、今度はライフルに詰め込んだ。
レスタの発動がもう少し遅れていれば3人とも今頃どうなっていたかわからない、ティルトはコハクを見据え、構
えたウォンドの先をコハクに向けた。


「爆ぜよ!」


ラ・フォイエによる眼前の爆発にコハクがわずかに怯む、その隙にイリアが再びコハクに銃口を向けた。


「ウィークバレット、発射!」


爆風が目くらましとなりコハクの胸あたりにヒットした脆弱化弾がそのまま赤くマーカーを残す、なんとか手筈通
りだ。
ゴトーがアキから教わったコハクへの対策はふたつ、ひとつは冥桜中止の条件、そしてもうひとつは……。


「少しおとなしくして貰うぞ、コハク!」


氷属性テクニックによる、足止め効果。コハクはクローム・ドラゴンの性質のほかに炎を扱う龍族、ヴォル・ドラ
ゴンに近い性質も同時に保有していることがわかっていた。
ヴォル・ドラゴンがそうであるように現在のコハクにも、その効果が期待されるというわけだ。
ティルトの放ったバータが上手くコハクの四肢を捉え、凍りつかせる。同時にその枷を解こうとコハクが何かを吸
収し始めた。


「今です!」


ゴトーが叫ぶと同時に銃口をコハクへと向ける、弾丸に想いを乗せて、彼を救うために空間すら支配し双銃ととも
に舞い踊る。


「了解、僕も本気で行くよ!」


ゴトーの放った弾丸の間を縫うようにして葉月がコハクとの距離を詰める、双刃が、葉月の手足のように動き神速
の連撃と化す。


「戻ってこい、コハクゥゥゥ!」


コハクの足元に魔法陣がひかれ、上空から巨大な炎の塊が落ちる。ティルトの咆哮とともに爆発したそれはコハク
の体を包み込み一気に燃え上がった。
メシアタイム、オウルケストラー、イル・フォイエ。高い火力を持つPA、テクニックを脆弱化した部位に集中させ
ることでの冥桜発動……というよりも冥桜を発動するためのフォトン吸収の中止はゴトーの素早い確認と各々の素
早い対応により見事に成功……そう、見えた。


[冥桜]


馴染みのある声が聞こえたかと思うと、すぐに爆風が消し飛び傷を負ったコハクの姿が現れた。全力の攻撃を受け
手負いになっているにも関わらず纏う雰囲気は先ほどとはまるで別、ダークファルスと見まごう程の威圧感がその
場にいる全員を押しつぶさんとする。


「失敗……した……?」


ゴトーの顔が絶望に歪む、火力不足?そもそも作戦が悪かった?様々な思案の中で唯一色濃く「仲間を救えなかっ
た」という事実がゴトーの精神を支配する。


「ゴトーさん!」


放心状態のゴトーを突き飛ばし再び攻撃をいなそうと葉月が武器を構える、だが、熟練の戦士に同じ手は二度通じ
ない。
コハクの口内で圧縮された炎が炸裂し葉月とゴトーを飲み込み吹き飛ばす、いなしきれない程の威力を持つ攻撃を
一瞬で放つという芸当を、簡単にやってのけたのだ。


「葉月殿!ゴトー!」


二人が吹き飛ばされたのを見て再びロウフルがカタナコンバットを発動する、だが今度はロウフルが動き出す前に
、柔らかな感触が触れた。


「がぁッ…はっ……」


「きゃっ……!」


吹っ飛ばされたロウフルがそのままイリアに衝突し二人同時に意識を失う、あっという間に四人が戦闘不能となり
残る一人をコハクの瞳が捉える。


「コハク、お主本当に……っ!」


再び一瞬で距離を詰めてきたコハクの突進をなんとか回避し、テクニックをチャージするティルト。だがコハクは
突進したさきで180度回転し爪を振りかざしてきた。


「くぅっ……!」


テクニックのチャージを中断し咄嗟に横に飛んだおかげで直撃は免れたが、軽くかすった程度でもその爪は致命傷
となりうるほどのダメージをティルトに与える。もはや、万事休すだった。


[ティルト]


傷を抑え呻くティルトの耳に再びコハクの声が響く。自身の名を呼ぶその声に、ティルトは驚いて顔をあげた。


[ティルト] [頼む] [もう] [傷つけたくは] [ねぇ]


声は徐々に霞み、けたたましい咆哮にかき消された、正気を完全に失った瞳が再びティルトを見据える。
もはやその瞳に、以前のコハクの姿はない。


「わかった……今、解放してやる」


ティルトの瞳から黒い涙が零れ落ちる、真っ黒な闇がそのまま具現化したかのように巨大な腕と化しコハクへと掴
みかかった。
回避しようとするコハクの足には無数の根のようなものが絡み動きを止める、抵抗できぬまま龍は地に伏せた。
約束を守るため、友を呪縛から解放するため、魔女は手を振りかざし彼のものを静かな闇へと誘う。


[約束は] [守る]


最後にティルトの耳に響いたのは、ただの幻聴か、それとも一筋の光か。

  • 最終更新:2015-09-14 21:14:04