籠から出た鳥

夏の終わりのある日の夜。
1日の任務を終えたC隊のメンバーたちは、ロウフルの部屋に集まり、就寝前のひと時を過ごしていた。
バルコニーに並べたテーブルを囲むのは、ロウフル、イオリ、アネモネ、ミリエッタの4人。
紅茶を嗜みながら談笑するその様子は、ちょっとしたお茶会といった具合だ。
好みの異性のタイプやアイテムラボ職員への愚痴など、他愛も無い話に花を咲かせる中、穏やかな時間が流れていく。

アネモネ「落ち着きますね、こういうのも」

話題が一段落したところで、ティーカップを片手に空を見上げながらアネモネが言う。
その頭上には、広大な宇宙がどこまでも広がり、無数の星々が瞬いていた。

ロウフル「ほんといいセンスしてるよな~」
ミリエッタ「マイルームの外は、景観ホログラムで森林や雪原の景色を映すのが当たり前だと思ってましたけど…
      自然のまま、宇宙が見えるというのもいいですね…」
アネモネ「さすが八角さん、ですね」
イオリ「そうですねー」

この場所はロウフルの部屋であると同時に、八角の部屋でもある。
八角が行き倒れていたロウフルを保護し、自室の1つを貸し与えている状態であるため、家主は八角の方だ。
星空の下で休憩ができるこの部屋のデザインも、八角によるものだった。

アネモネ「アークスになって初めて、世界がどうなっているか気付かされますね」
ミリエッタ「そういえば…私達がいろんな星に行けるのも、アークスだから…なんですよね…」

アネモネの言葉に、ふと思い出したようにミリエッタが呟く。

ロウフル「いろんな星か…確かに忙しなくいろんなとこいってるよな~」
ミリエッタ「宇宙にはこんなに沢山の星があるのに…一般市民のままだったら、ずっとアークスシップの中で過ごす事になってたんだ…」

アークスとしての任務で様々な星に赴き、慌しい日々を過ごす内、いつしかそれが自然な事になっていた。
しかし、アークスの資格を持たない一般市民の場合、よほどの事情がない限り惑星に降り立つなど不可能である。
生まれた船から一生降りる事無く過ごす者も、少なくはない。

ロウフル「それはかなり退屈しそうだよな~」
アネモネ「ウフフ、宇宙を知ってしまうと、そうですよね」
イオリ「逆に、知らないままだったら不満を持たなかったかもしれないですねー」

星々を渡り歩くという事。
それは間違いなく、アークスだけの特権だった。



ミリエッタ「私…自分の体質を克服するため、フォトンの扱いを身に付けなきゃ、って思いだけでアークスに志願して…」

しばらく星空を見上げていたミリエッタが、不意に口を開く。

ミリエッタ「だから…フォトンの扱いさえ覚えたら、アークスになんかならなくてもいいのかな、なんて考える事もあるんです。でも…」

フォトンとの過剰感応という体質を抱える彼女にとって、フォトン操作技術の習得は何よりも重要な課題だった。
アークスを志したのも、言ってしまえば、その為の手段に過ぎなかったのかもしれない。
今、この時までは。

ミリエッタ「いろんな星に行けることを思うと…やっぱり、アークスになった方がいいですよね」

そう言って遥か彼方に視線を向ける少女の瞳は、希望に満ちた輝きを宿していた。

ロウフル「そうか、今を楽しめてるようでなによりだな!」
イオリ「そうですね、あちこち行けるのはやっぱり楽しいですしねー」

そんな後輩の様子に、ロウフルとイオリが笑顔で同意する。
アネモネもまた、たおやかに微笑みながら、3人を見つめていた。

アネモネ「籠から出た鳥、ですね。籠の中は安全だけど、飛べませんから」

彼女のその言葉は、この上なく的確な例えだった。
惑星間を飛び回る探索活動には、常に危険が付き纏う。
それでも彼らは、アークスシップという籠を出て、自由に空を舞う事ができる身だ。

ミリエッタ「一度外の世界を知ってしまったら、もう戻れそうにありませんっ」
ロウフル「まぁ、俺たちは飛ぶ楽しさを知ってしまったってとこだな」

いくら安全だとしても、広い世界を知ってしまった彼らが狭い籠の中に戻る事は、出来ないだろう。

アネモネ「さて、名残惜しいですが、私は部屋に戻りますね」

そう言って、アネモネが静かに席を立つ。

ロウフル「お、そうか、お疲れ様だぜ」
イオリ「お疲れ様ですー」
ミリエッタ「おやすみなさい~」
アネモネ「みなさま、ごきげんよう。おやすみなさい」

手を振る3人に向かって彼女は優雅に一礼し、部屋を後にした。



柔らかな木漏れ日が差し込む深緑の森林と、一面に広がる純白の雪原。
力強い脈動を感じさせる灼熱の火山と、空に浮かぶ幻想的な島々。
乾いた風が駆け抜ける砂の大地と、その下に眠る高度な機械文明の遺跡。
眩い日差しの下で、何処までも蒼く広がる空と海。

籠の外に出た者だけに見る事が許される、美しき世界の表情たち。
次はどんな景色に出会えるのだろう。
想像に思いを巡らせるだけで、ミリエッタの胸は高鳴るのだった。
その喜びは、少女の翼を羽ばたかせる、新たな力となる。


【中の人より】


  • 最終更新:2015-09-14 01:07:07