潰える祈り

「コハク、あんた自分がこうなることをわかってて、それを報告させるためわざとサポートパートナーを同行させ
たね?」


先刻、ある女性の元へ通信が届いた。
発信者は彼女の弟子、コハクのサポートパートナーであるセツナ、メディカルから飛ばされたであろうそれの内容
は彼女を突き動かすには十分なものであった。


「って、もう聞こえちゃいないか……わざわざあたしを呼んだってことは、覚悟はできてるんだろう?」


パルチザンを突きつけ、目の前の獣竜を威圧する女性キャスト。この獣竜こそがコハクなどと、誰が信じられるで
あろうか。
だが目の前の“それ”は彼女に臆することもなく、むしろその得物に向かって駆け出した。かつてのコハクがそ
うあったように。


「くそっ、あんたは師匠であるあたしに、どれだけの迷惑かけたと思ってんだい!」


そのまま振り抜かれる爪を受け止め、力任せに弾き飛ばす。うめくコハクを見据え、彼女は弦を引き絞るように
得物を構え、身を捻り出した。


「その上あんたは、その最期まであたしに幕を下ろさせるつもりかい!」


スライドエンド、一閃と見まごうそれはコハクへと一直線に襲いかかった。
フォトンの刃がその場一帯の草木を切り裂く、だがそこには既にコハクの姿はない。


「させないよ!」


空中へ離脱し、その場で口内に得体の知れない光を圧縮し始めていたコハクにパルチザンを投げつける、アークス
の中でも精鋭の戦士である彼女に、小手先の戦法は通用しない、通常のエネミーであればそのまま体を貫かれ息絶
えるところだっただろう。
だがコハクは、それを更に上回った。


「しまっ……!」


圧縮したエネルギーを保持しつつ、瞬間移動と見まごうほどのスピードで彼女の目の前に現れたコハクは零距離
からその溜め込んだ光を炸裂させた。


「がはっ……かっ……ぐぅぅ……」


吹き飛び、地面へと叩きつけられたキャストの女性が呻く。間髪いれずに襲い来る鋭い一撃を回避できたのは、
これまでの戦闘経験のたまものか。
体制を立て直し、彼女は何か決意したような表情で掌を天にかざした。


「まさか、あんた相手にこれを使うことになるとはねぇ」


上空に浮かぶ光の輪、次元を裂き現れるは創世の伝説。


「潰えろ閻斧……ラビュリス!」


――――――――――――


嬉しそうな表情で真新しい服を翻す女性が一人。
廊下をスキップすると同時、豊満な胸が上下に揺れていた、だが女性はそれを気にする様子もない。


「えへへー、ハクちゃん驚くかなー、驚くだろうなー」


店の売上で奮発して買ってしまったラパンキャップにラパンコート、決して安い買い物ではなかったがその女性
……マリィはいい買い物だったと満足していた。 何よりマリィは、コハクが自分をを気遣い、普段着を買ってこ
いと言われたことが嬉しくてたまらなかった。
普段ぶっきらぼうでクールなコハクだが、ちゃんと自分のことを見てくれているんだと思うと心が跳ねる、嬉しく
てこの身まで一緒に跳ねてしまう。
そりゃあ勿論、買い物についてきてくれれば最高だったが……コハクにも仕事があるのだから、仕方がない。


「ま、今日はだいぶ遅くなっちゃったしハクちゃんも帰ってきてるはず! っと、ここでいいよね……?」


扉を開ける前に表札をよーく確認する、この前は散々迷子になった挙句部屋を間違え、あろうことかそこで疲れ果
て休ませて貰うことになってしまうという大失態をしてしまったのだ、今日は絶対に部屋を間違えまい。


「よし、おっけー!うんコハクだね、どう見てもコハクって書いてあるね!」


しっかりと確認を済ませたところで扉の前に立つ、自動で開いた戸の向こうには、まだコハクの姿はないようだっ
た。


「ただいまー!ハクちゃーん、どこー?お部屋で事務仕事とかしてるのー?」


きょろきょろと部屋を見渡すがやはりどこにもコハクの姿はない、入浴でもしているのだろうか。
しかし、これだけ大きな声を出してもコハクが返事をしないのは珍しかった、いつもなら部屋のどこにいようと
人の気配を感じ取りなんらかのアクションを起こしてくれる彼が全くノーリアクションというのも何かおかしい。


「まだ帰ってきてないのかなー……」


マリィはしゅんとしつつソファに体を預けた。
コハクのサポートパートナーであるセツナもカンナも、今日はコハクと一緒に任務に言ったと聞く、となると今
この部屋にいるのはマリィ一人だけということか。


「ロックもかけずに……ハクちゃん、無用心だぞー、泥棒さんに入られちゃうぞー」


呼びかけに応える声はなく、マリィの言葉は虚空へと消えた。
そのままどさっと寝転がると、マリィがかぶっていたラパンキャップが取れソファに転がった。


「暇だなー……寂しいなー……」


ソファで横になりながら、小さく呟く。
こっちに来てから一人になることなんて一度もなかったから、久しぶりの孤独が特に身に染みるようだった。
静かな部屋で、ゆっくりと瞼を閉じる。次に目を開けるとき、目の前に彼の姿があることを祈って。


「……え?」


祈りは届かず、彼女には絶望が襲う。
セツナ、カンナの負傷報告、コハクの失踪……突然部屋に入ってきた女性型のキャストから全てを知らされたマリ
ィは、彼女から渡されたコハクの通信端末を握り締め、その場で号泣した。
どうしようもない孤独に、そして自分の無力さに、目をそらすこともできず、ただ泣くことしか今の彼女に出来る
ことはなかった。

  • 最終更新:2015-09-14 21:13:12