深淵との遭遇

その日ミリエッタは、独りで惑星リリーパ採掘場跡地の自由探索に出ていた。
目的は、リリーパ機甲種の観察。
ショップエリアのイベントを企画する女性からの依頼で、晩秋に行われるお祭りの仮装の参考にするらしい。
このように、惑星に降りられない一般員に代わって様々な依頼をこなすのも、アークスの役目の1つだ。

とは言え、今回の依頼で必要となるのは、あくまで行動パターンなどの各種データのみ。
遠目から情報が得られれば十分であり、無理な戦闘を行う必要はない。
ミリエッタは気ままに採掘場跡を歩き回りながら、機甲種たちの様子を映像記録に収めていく。
のんびりとマイペースで進められるこの依頼は、彼女にとっても丁度良い羽休めだった。

緩い雰囲気の中、通信機からは隊員たちの声が聞こえてくる。
今は隊全体としての作戦予定も無く、ロウフルとEstrellaがペアで行動している以外は、各自が別々の任務に従事していた。
お互い、チーム回線で雑談をする程度の余裕はあるようだ。

イオリ「あ、ロウフルさん、昨日はありがとうございますー」
ロウフル「いやいや、俺とくにはなんもしてねぇぜ?」
イオリ「それでも、ちーちゃんも感謝してましたからー」
ロウフル「おー、そうかそうか~」

楽しげに言葉を交わすのは、イオリとロウフルだ。
二人の話に登場した聞き慣れない名前に、ミリエッタが疑問の声を挟む。

ミリエッタ「ちーちゃん……?」
イオリ「あ、ごめんなさい、チアキくんって言えばわかりますかー?」
ロウフル「昨日入った新入りさんだぜ」
Estrella「そうなんだ…」

ミリエッタは把握していなかったが、隊に新たな仲間が加わったらしい。
新メンバー加入については、Estrellaも初耳だったようだ。
先程のやり取りからすると、入隊にあたってロウフルが色々と面倒を見てあげた、というところか。

ミリエッタ「早くお会いしてみたいです~」
Estrella「うんうん…」
イオリ「ミリィさんとレアさんは会ってなかったのですねー」
ロウフル「二人はいなかったからな。いろんな意味で期待できる新入りさんだったな~」
アーデルハイド「大型新人だったねぇ」

前日にチアキとの顔合わせを済ませたアーデルハイドが、けらけらと笑いながら会話に加わる。
イオリの幼馴染で、つい先日アークスになったばかりだということ。
顔合わせの際、妙にかすみの事を気にしていたらしいということ。
その他諸々、期待の新人の話題が尽きる事はなかった。


ロウフル「んで。チアキは部屋とかどうしてるんだ?」

やがて、チアキに関する話題は、その住居の事に及ぶ。
ロウフルの問いには、彼をよく知るイオリが答えた。

イオリ「昨日はまだ引っ越しが住んでなかったので、居住区に戻ったみたいですけどー。
    私のお部屋に引っ越してくることになりましたー」

幼馴染という関係もあり、彼女とルームシェアをする事になったのだという。

Estrella「ルームシェア…楽しそうで良いね…仲良しと一緒なら…」
ロウフル「でも、男女一つ屋根の下じゃ大変そうだな…」

賑やかな生活を羨むEstrellaに対し、年頃の男女が同じ部屋で寝泊りする点を心配するロウフル。
心配だけではなく、羨望の思いも多分に含まれているようだが。

イオリ「ちーちゃんは私に何かしてくることはないですよー、姉弟みたいなものですしー。
    お互いの個室も用意しますし、そんなに大変でもないかと思いますー」

まあ、これからの改装ですけど、と付け加えるイオリ。

ロウフル「あ、まだこれから準備なのか」
イオリ「ちーちゃんには、改装が済むまで待ってもらうことになりますねー」

同居自体は問題ないものの、すぐに引越しという訳には行かないようだ。

ミリエッタ「あらら、大変ですね…よかったら、お手伝いに行きますよ~」
ロウフル「やる時は声掛けてくれ、俺も手伝うぜ」
イオリ「ありがとうございます、その時はお願いしますー」

イオリ一人では、準備を整えるのにも時間を要する事だろう。
改装の手伝いを申し出るミリエッタとロウフル。
イオリは素直にその好意を受け取った。

Estrella「大丈夫…ロビーのソファーも…結構寝心地良いよ…」
ロウフル「…そ、それもどうかと思うぞ」
アーデルハイド「アブないひとにお持ち帰りされても、しらないぞぉ」
ミリエッタ「あはは、早くお部屋を準備してあげないと……」

どさくさに紛れてEstrellaが呟いた意地悪な冗談に、仲間たちがそれぞれの反応を示す。
他愛のないやり取りを交わしながらの、気楽な仕事……そのはずだった。

ミリエッタ「今の探索から戻ったら……」

お手伝いに行きましょうか――
ミリエッタはそう言い掛けて、前方を凝視したまま言葉を飲み込む。

目の前に見えるのは、機甲種たちの群れ。
その中心あたりの空間が、不自然に歪み始めていた。
歪みの中から滲み出すように、赤黒い靄が広がっていく。
そして、靄は渦を巻きながら収束し……人の形を成した。

ミリエッタ「…ぁ……あれ、は……」
ロウフル「ん?どうしたミリィ」
Estrella「どうしたの…?」

異様な光景に、呆然と呟くミリエッタ。
その声に、皆が何があったのかを問うが、彼女にも理解が追いつかない。
ただそこには、突然姿を現した人影――漆黒のコートを着た人物が佇んでいる。
その手に握られた暗紫色の大剣と、顔を覆う仮面。
“それ”は人の形をしていながら、人とは決して相容れない気配を纏っていた。

【仮面】の出現に、周囲の機甲種が色めき立つ。
警告音を発しながら【仮面】を取り囲み、一斉攻撃を仕掛ける機械の番人たち。
だが、次の瞬間――無数の剣閃が走り、砂の上に鉄屑の山が築かれていた。

機甲種を葬った【仮面】は、ゆっくりと辺りを見渡し……遠くに立ち尽くす少女の姿を捉える。
その視線に射抜かれただけで、ミリエッタの背筋を言いようのない寒気が駆け抜けた。

彼女はその鋭敏過ぎるフォトン感能力で、はっきりと感じ取っていた。
大気中のフォトンが、【仮面】を中心に、赤黒く染まって行くのを。
そして、その禍々しいフォトンを介して伝わる、自身に向けられた意思を。

――殺ス。

ミリエッタ「い…いや…たすけ、て…」

恐怖に掠れた声を上げるミリエッタに向かって、【仮面】が一歩を踏み出す。

ミリエッタ「いやぁぁぁッ!」

チーム回線に、少女の悲鳴がこだました。



ロウフル「おい、何があった」
Estrella「みりたん…!?」
イオリ「ミリィさん!?」

ミリエッタの叫び声に、部隊内が張り詰めた空気に包まれる。

セイア「どうかされたのかしら…?」

ただならぬ雰囲気を感じ取り、任務に専念していたセイアが通信に加わる。

ミリエッタ「こ、怖い…っ…黒い、人影が…」

通信機からは、怯え切ったミリエッタの声。
荒い息遣いと、砂の上を必死に走る音も聞こえてくる。
ミリエッタの身に、何らかの異常事態が起きている事は間違いない。


アーデルハイド「…ちょっと普通じゃなさそーだね」

普段の陽気な様子とは打って変わり、アーデルハイドが真剣な表情で通信に耳を傾ける。
アーデルハイドだけではない。
何が起きており、どう動くべきか――皆が皆、状況の把握に神経を研ぎ澄ませ、思考を巡らせていた。


イオリ「どこですか?すぐにいきます」

イオリは早々に自身の任務を中断し、ミリエッタの元に向かう事を決意したようだ。

ミリエッタ「はぁっ、はぁっ…!惑星、リリーパっ…採掘場、跡ッ…!」

イオリの問いに、ミリエッタの必死な声が返って来る。
向かうべき場所は判明した。
すぐさまテレパイプを設置し、キャンプシップに帰還する。

イオリ(慣れないブレイバーだけど、クラス変えてる時間が惜しい…!)

新設クラスの訓練のため、自身のフォトン特化傾向を変更していたイオリ。
彼女が本来の実力を発揮するには、一旦アークスシップに戻り、専用の設備で体内フォトンをフォースクラスのものに戻す必要がある。
だが、今は一刻を争う事態だ。
不慣れなブレイバークラスのまま、イオリはキャンプシップを惑星リリーパへと向かわせた。


ロウフル「くそ…こっちは手が離せねぇ、お嬢頼む!」

仲間の危機には人一倍敏感なロウフル。
すぐに駆け付けたい思いで一杯だったが、Estrellaとの任務も正念場を迎えていた。
任務自体を放り出す事も、パートナーを置いて一人で向かう事もできそうにない。
彼は歯痒い気持ちを抑え、ミリエッタの救援をイオリに託した。


セイア「くっ、わたくしも他アークスと合同任務中で…参るのには少し時間がかかりそうですの。
    何とか折り合いをつけてみますわ、それまでの辛抱を!」

セイアが当たっていた任務は、部隊外のアークスと合同作戦。
小隊内の誰よりも身動きの取りづらい状況にあるのは、彼女だったのかもしれない。
それでも、ミリエッタを救うためにセイアは動く。
彼女は作戦の指揮官を相手に、一時離脱の交渉を開始した。


ミリエッタは、乾いた砂の上を全力で走っていた。
背後からは絶えず吹き付ける、暗く冷たい殺意。
振り返る余裕も無く、ただひたすらに逃げ続ける。

ミリエッタ「来ないでぇっ!」

通信機から響く、ミリエッタの悲痛な声。

Estrella「みりたん…逃げて…」

救援に向かえないEstrellaたちにできるのは、通信越しに励ます事だけだ。

ロウフル「おいミリィ、しっかりしろ!!」

そんな状況への焦燥から、語気を荒くして叫ぶロウフル。
彼の脳裏には、2度の悪夢が思い起こされていた。
ダーカーによるもっふもふの拉致と、異常転送によるEstrellaの失踪。
後に2人とも帰還は果たしたものの、仲間の危機を目の前にして何もできない苦しみは、彼の心に深い傷を残していた。
どんな事があっても仲間を守る、そう誓ったはずなのに。
今もまた、助けを求める少女は、彼の手の届かない場所にいるのだった。


ミリエッタ「はぁっ…!はぁっ…!」

一体、どれだけの距離を走り続けたのだろう。
身体中のフォトンを身体能力の強化に回していたミリエッタだが、それも限界に近づきつつあった。
フォトンと体力、双方の消耗から、軽い眩暈が彼女を襲う。
そして――

ミリエッタ「きゃぁっ?!」

柔らかな砂に足を取られ、ミリエッタは地面を転がった。
砂上であったため、転倒による怪我こそなかったものの。
上体を起こした彼女が見たものは、十数メートル程先にまで迫った【仮面】の姿だった。

ミリエッタ「…ぁ……」

恐怖のあまり目を見開き、声を失うミリエッタ。
大剣をゆっくりと振り上げながら、彼女へとにじり寄る【仮面】。
闇色の刃が、あと数歩という所まで迫る。
少女が深い絶望に飲まれかけていたその時、【仮面】の足元の砂に突き立った1本の矢が、その歩みを押し止めた。

矢の飛来した方向へと視線を向ける、ミリエッタと【仮面】。
そこには、強弓を手にした一人の女性アークスの姿。

ミリエッタ「…い、イオリさんっ…!」

ギリギリの状況で駆け付けたイオリが、ミリエッタに向けて静かに微笑んだ。


ミリエッタの無事を確認すると、イオリはすぐさま【仮面】へと視線を戻す。
次なる矢を取り出しながら、チーム回線への状況伝達。

イオリ「ミリィさんは大丈夫です。相手は、“仮面”ですね…」

その報告に、胸を撫で下ろす隊員たち。
だが、ミリエッタを襲った危機の正体に、新たな緊張が走る。
【仮面】――その素性は不明ながら、極めて危険な相手とされている敵性存在だった。

アーデルハイド「…こちらも向かおう。そりゃぁ厄介だ」

真っ先に反応したのはアーデルハイド。
イオリは確かな実力を持つアークスだ。
そのイオリが救援に向かった時点で、自分の出る幕はないだろうと静観していたアーデルハイドだったが、【仮面】が相手となれば話は違う。
彼女は手早く出撃準備を整えると、キャンプシップに乗り込む。
先程とは異なり、その顔には静かな笑みが浮かんでいた。
ひとまずの救援が間に合った事への安堵と――強敵と刃を交えられる事への期待とで。

セイア「ふう、只今、緊急につき中断してきました。場所は採掘場跡ですわね!了解致しましたわ」

アーデルハイドに続くのは、セイアの声。
他部隊との合同任務の最中に一時離脱を取り付けるなど、普通のアークスにできる事ではない。
“言葉の魔術師”たるセイアならではの、巧みな話術が成せる業だ。
その魔法で不可能を可能にすると、彼女もまた、惑星リリーパへの路を急ぐのだった。


矢を番え、目の前の敵へと狙いを定めるイオリ。
その姿を認めた【仮面】は、大剣を構えて彼女の方と向き直る。
無抵抗なミリエッタよりも、交戦意志を持つイオリを先に排除すべきと考えたようだ。
鋭い殺意が自身に向けられるのを感じ、イオリの頬を冷たい汗が伝う。
そのプレッシャーに押し潰されそうになるが、退く訳にはいかなかった。
しばらく持ち堪えれば、アーデルハイドとセイアが来てくれるはず。

それまでは、私が食い止める――

イオリはただ一人、深淵の闇と対峙した。


二人の闘いは、一進一退の攻防を見せていた。
【仮面】の間合いに捕らわれぬよう、絶妙な距離を保ちながらの機動戦闘を繰り広げるイオリ。
遠距離戦に持ち込めば、大剣による攻撃手段はごく限られたものとなる。
おかげで、致命的な一撃を受けるような事は避けられていた。
しかし一方で、イオリの扱う強弓は、意思の力を乗せたフォトンを十分に込めてこそ真価を発揮する。
激しく動き回りながらの戦闘では、決定打となる威力までフォトンを練り上げる余裕がない。
互いに決め手を欠いたまま長引く戦いに、イオリの体力は徐々に消耗されつつあった。

ロウフル「お嬢、なんとかなるか?」

戦闘の長期化に焦り始めたロウフルが、通信越しに問う。

イオリ「一人では、ちょっと…」

強がりを言う余裕もなく、苦しい状況を素直に認めるイオリ。
その様子を、ミリエッタは青ざめた表情で見つめていた。

ミリエッタ「た、戦わなきゃ…っ…私も、戦わなきゃ…」

ミリエッタは導具を取り出し、加勢しようとする。
しかし、恐怖に竦んだ脚は動こうとせず、導具を持つ手は小刻みに震えていた。

イオリ「ミリィさんは逃げていなさい」

先輩として、厳しい口調で制止するイオリ。
【仮面】の威圧感に委縮しきったミリエッタでは、足手纏いにしかならないだろう。
何より、【仮面】の狙いが再び彼女に向くような事があれば、次は守りきる自信がない。

ミリエッタ「うぅ、ごめんなさい…ごめんなさいっ…」

己の無力さを痛感し、涙を流しながら俯くミリエッタ。
そんな彼女の脇を、激しい砂塵と共に、白銀の疾風が駆け抜けた。

アーデルハイド「おーまーたーせーっ!」

猛スピードで飛び込んできたアーデルハイドが、そのままの勢いで【仮面】とイオリの間に割って入る。
抜き放った抜剣で【仮面】の大剣を切り払うと、続く動作で左手を一閃。
手にした鞘での鋭い突きを、【仮面】の鳩尾へと叩き込む。

セイア「さて。参上ですわ」

同時に、緊迫した状況にも関わらず、どこか余裕を感じさせる声が辺りに響く。
道中の戦闘を回避すべく使用していた視認攪乱術(ミラージュエスケープ)を解き、セイアが虚空から姿を現した。
ふわりと舞うような動作で、手にした長杖を振るうセイア。
弧を描く杖から灼熱の火球が放たれ、動きを止めた【仮面】の背を直撃した。

ミリエッタ「アーデルさん!セイアさんっ…!」

二人の姿を目にして、沈み込んでいたミリエッタの表情に希望の灯が戻る。
火球を受けて吹き飛んだ【仮面】が、ゆらりとその身を起こすと、アーデルハイドが後衛陣を守るように前に出る。
イオリとセイアはその間に、各々の武器へと念を込め、フォトンの凝縮を開始した。



アーデルハイドとセイアの加勢により、流れは大きく傾いた。
さしもの【仮面】も、熟練アークス3人の波状攻撃を捌ききることは侭ならず、アーデルハイドの刃が、セイアの炎が、そしてイオリの矢が、次々とその身を捉えていく。
やがて膝を着くように砂上に崩れ落ちた【仮面】は、現れた時と同じように、赤黒い靄に包まれて姿を消した。
あたりを包んでいた重苦しい気配が、急速に薄れていく。

ミリエッタ「ぁ…あぁ…、…終わっ…た…?」

助かったという実感が追いつかず、ミリエッタは呆然としたまま呟く。

アーデルハイド「さぁて、だいじょーぶかい?」
イオリ「なんとかなりましたねー、助かりましたー」

ミリエッタとイオリを交互に見つめながら尋ねるアーデルハイドに、イオリが礼を言う。

セイア「ふう、こんなものでしょう。それではわたくしは失礼しますわね。
    別部隊のアークスさんに謝罪しなければ…」

【仮面】の撃退を確認すると、セイアはテレパイプを設置し、早々に撤収の準備を始める。
合同任務を途中で抜け出してきたのだ。
彼女は一刻も早く、本来の持ち場に復帰しなければならなかった。

セイア「それでは、ごきげんよう」

優雅に一礼し、テレパイプへと歩いて行く。

イオリ「セイアさんもありがとうございましたー」
ミリエッタ「ぁ…ありがとう、ございました…っ…」

その背中に、慌てて礼を告げるイオリとミリエッタ。
セイアは軽く振り返り、柔らかな笑顔で応えると、キャンプシップへと戻っていった。

イオリ「大丈夫でしたか、ミリィさん?」

セイアの帰還を見送ると、イオリは未だに砂の上に座り込んだままのミリエッタに、ゆっくりと歩み寄る。
入隊以来、何かと面倒を見てくれた先輩の優しい笑顔。
その表情に、ミリエッタはようやく緊張から解放されるのだった。

ミリエッタ「うぅっ…怖かった…怖かったよぉ……うわぁぁんっ!!」
イオリ「よしよし、怖かったでしょうね。よくがんばりましたね」

堰を切ったかのように溢れ出す感情のまま、大声で泣き出すミリエッタ。
イオリはミリエッタを抱きしめ、子供をあやすようにその髪を撫でる。

アーデルハイド「やぁ、なんとか無事で、よかったね」

アーデルハイドは、そんな二人を静かに見守っていた。

ロウフル「はぁー、なんとかなったみたいだな~」
Estrella「良かった…」

チーム回線のやり取りから、ロウフルたちも事態の収束を察し、安堵の息を漏らす。
しばらくの間、通信機からはミリエッタの嗚咽だけが聞こえていた。


ミリエッタ「ぐすっ…あの人影、凄い…悪意でした…。
      睨まれるだけで、身体の奥底まで凍るような…」

やがて落ち着きを取り戻したミリエッタが、イオリの腕の中でぽつりと呟いた。
その恐怖を思い出して身震いする彼女を、イオリはぎゅっと強く抱きしめる。

アーデルハイド「【仮面】はねぇ。そういう手合いだ。人の形をしているけど、ダーカーみたいなものだから」
ミリエッタ「…ダークファルスが、襲ってきた時に…よく似た感じ、でした…」
イオリ「ダークファルスに…?」

“ダーカーのようなもの”というアーデルハイドの言葉に、イオリの胸に顔を埋めたまま、より詳細な感覚を告げるミリエッタ。
【仮面】が纏う禍々しいフォトンと、そこから伝わる憎悪や敵意、鋭い殺意は……ダークファルス襲来の際、アークス船団を包み込む空気に酷似していた。

ミリエッタ「はい…あの【仮面】も、同じようなもの…なのでしょうか…?」
イオリ「ダーカーであるらしい、というくらいしか私はわかりませんねー」
アーデルハイド「…正直ね、正体不明すぎて、よくわからないんだよね……情報が、なさすぎる。」

ミリエッタの問いには、イオリもアーデルハイドも確証を得た答えを持ち合わせてはいない。
アークス内でも【仮面】に関する情報は不足しており、その正体や目的は不明瞭だ。
ただ、ダーカーに属する存在であること、即ちアークスの敵であること、それだけは間違いなかった。

ミリエッタ「…ダメだなぁ、私…気配だけで、完全に圧倒されちゃって…。
      こんなんじゃ、いつまで経ってもアークスには…」

落ち着きを取り戻すに連れて、倒すべき敵を前に怯えきり、逃げ出してしまった事を落ち込むミリエッタ。
イオリはただ優しく、そんな彼女を慰めるのだった。

イオリ「自分の敵う相手かどうかを見極めて、素直に助けを呼べるのもアークスとしての才能の一つだ、と私は思いますよー」
ミリエッタ「うぅ…ありがとう、ございます…」

イオリの言葉は詭弁かもしれない。
それでも、心身ともに疲弊したミリエッタは、その優しさに甘えることしかできなかった。



ミリエッタ「…すみません、お仕事は中断して…少し、休みますね…」

しばらくして、イオリの腕の中を離れたミリエッタは、探索を中断しての帰還を申し出る。
機甲種観察の途中だったが、これ以上続ける気力は残されていなかった。

イオリ「そうですね、少し休んだほうがいいでしょうー」

極限状態での消耗具合を思えば当然の事だろう、イオリも探索の中断に賛同する。
ミリエッタはテレパイプを設置すると、改めてイオリとアーデルハイドの方に向き直った。

ミリエッタ「イオリさん、アーデルさん…ありがとうございました。
      本当に、ありがとうございました…っ…。
      …それでは、失礼しますっ」

自分の危機に駆けつけてくれた仲間たちに改めて感謝の言葉を告げ、頭を下げる。

アーデルハイド「なーに、またヤバくなったら、いつでも呼んで。
        それじゃおつかれぇ、ゆっくりねー」
イオリ「ええ、お疲れ様ですー」

手を振る二人に見送られながら、ミリエッタは帰路に就いた。



キャンプシップの窓の外。
彼女が帰るべき場所、アークスシップ3番艦が徐々に近づいてくる。
その光景を、ミリエッタは泣き腫らした目で見つめていた。
少女が経験した、1つの挫折。
苦い想いを胸に抱いた彼女を慰めるように、星々は静かに瞬いていた――


【中の人より】


  • 最終更新:2015-09-14 01:08:25