彼が守り抜きたかったのは

「コハ君……?」

ある日の夕方、惑星ナベリウスでの任務を終えたティルトに通信が入った。 発信者はコハク、このよ
うな時間帯に彼が連絡を…しかも誰かに対し個人的に入れるのは珍しかった。

「ティルト、お前に頼みがある……ナベリウスに居るのだろう、今から指定する場所に、一人で来い」

彼の声には落ち着きがあり緊急性は感じられない、だが仲間が呼んでいるとあらばすぐにでも駆けつけ
助けたい、元よりティルトはそういう性分だ。
だがティルトもこの時点で少しだけ違和感を感じていた、コハクの声色はいつもと違う。 いつもの荒
っぽくも面倒見の良さが溢れる声ではなく、もっと静かな……おそらく“彼”のほうなのだろう。
だがどちらにしても、彼女に迷う理由などなかった。

―――半刻後。

「……お前ならすぐに来るだろうと思っていた」

惑星ナベリウス森林地帯深部、巨大な木のふもとで待っていた彼の姿やその身に纏うフォトンの気配は
やはり、いつものそれではなかった。
別の時間軸、パラレルワールド、不幸な未来を辿ったもう一人のコハク。そこに立っていたのはかつて
敵対し何度も交戦した黒いコハクだった。

「なんだか随分、優しい印象になったね」

彼に以前のような威圧感は感じられず、戦闘の意志もないように見える……前回の説得が効いたのだろ
うか、彼も本当は和解したかったのだろうか、ティルトはそんなことを思いつつも彼の言葉に耳を傾け
た。

「少し、思い出した事があってな……どうしてもやらなくてはならないことがあったことを、そしてそ
れは俺の力だけではどうにもならないことを」

瞼を閉じ、何かを考えるように少しだけ間隔を空けて。やがて決心したように彼の瞳が開く。

「ティルト、頼みがある……お前でないと駄目だ、お前一人でないと……俺に力を貸せ」

この人は何かを隠している、自分を見つめる瞳が僅かに揺れたのをティルトは見逃さなかった……それ
でも。

「大丈夫だよコハ君、コハ君が私のことどう思っているかはわからないけど、私はコハ君の味方だから
その貴方が、私の力を求めてくれてるんだもん、手を貸さない理由はないよ」

「……ありがとう、ティルト」

一言、ティルトに礼を言った黒玉の姿が赤黒い粒子のようなものに包まれて消える。
それと同時にティルトと背中合わせになる形で彼が現れた、この移動方法は、ダーカーやダークファル
スのものだ。

「ここから別の場所へ飛ぶ、お前にも少し負担がかかるだろう…構えておけ」

心配はいらないと頷くティルトの体を抱え、黒玉がその翼を拡げる。
上空には亀裂のような穴が空き、彼はティルトを抱えたままそこへと飛び込んだ、いくつもの得体の知
れない物質が彼等の体をかすめる、穴を抜けるのはあっという間だったがそれは黒玉だからこそなのだ
ろう。

「ここ、壊世区域……」

黒玉は確かに上に向かって飛んでいたはず、だが穴を抜けた先の景色は先ほどの場所とはかなり遠くに
あるはずのナベリウスの壊世区域だった。

「ティルト、ここは君の知る世界とは別の軸にある場所だ、事が済むまでアークスシップには戻れない
……だが無理をするな、君は生きてさえいれば何れ…」

「じゃあ、必ず生きて戻りましょう」

黒玉の言葉を遮るようにしてティルトがにこやかに言葉を返す、それに釣られて強張っていた彼の表情
もいくらか和らいだように見えた。

「……嗅ぎ付けたか」

黒玉が突然急旋回しながら地面へと向かう、すると先ほどまで浮いていた場所にこげ茶色の大きな岩の
ようなものが飛んできて拳を振り下ろしていた。

「ベーアリブルス……!」

見れば周りは既に派手な色合いの翼を持つ鳥に囲まれていた……フォルギニス、そしてベーアリブルス
どちらもナベリウス壊世区域に生息する世壊種と呼ばれるエネミー達だ。

「このままでは不利か…ティルト、少し乱暴なおろし方になるぞ」

「大丈夫、それより攻撃が来る前に、早く!」

フォルギニスの放った炎弾の間を縫うようにして黒玉が自在に飛び回る、そのまま地面に近づき、低空
で腕を放した。

「はぁぁああ!」

地面を滑りながらも両足で踏ん張って着地したティルトがそのままの勢いで素早く抜刀したノクスロザ
ンを振りぬく、その一閃は敵の集団ごと大気をも切り裂いた。
だが、隙の出来た背後からティルトへと凶刃が迫る。

「しまっ…!」

咄嗟に防御しようと振り向いたティルトの目に飛び込んできた景色は、大剣を振り下ろそうとしていた
であろうユグルドラーダのコアに深々と禍々しい黒紫の槍が突き刺さっている光景だった。
彼女の視界が黒く染まる、漆黒の翼の裏で黒玉は、ユグルドラーダが刺さったままの槍を振りぬきその
躯が四散する前に敵陣へと投げつけた。

「怪我はないか」

「う、うん…ありがとう、コハ君」

前回一緒に戦った時とはまるで違う、連携を意識しティルトの隙を埋め、その窮地をも救う。
自分勝手に戦い、たとえ味方で不要と判断すれば切り捨てるような以前の彼の面影は全く感じられなか
った……そう、全くと言っていいほどに。ここまで急に人格が変わるものなのか、黒玉が思い出したや
らなければならないこととは何か、ティルトの中でミュラは尽きない疑問に囲まれていた。

「このまま西へと突っ切る、援護しろ」

「任せといて、コハ君」

ティルトも多少なりと違和感を感じているはずだ、それでも彼女は黒玉を信じ突き進む、彼は仲間だか
ら、たったそれだけの理由で。

「道を空けて!」

ティルトがユガ種のダーカーが蠢く群れに一足の元駆け込み、その強烈な切り上げで数体が浮く、その
まま頭上で旋風のようにノクスロザンを振りまわし敵を吹き飛ばした。

「邪魔をするな」

ティルトの特攻で崩れた敵陣に黒玉の双刃が閃きトドメを刺す、黒紫の刃は敵を斬る度まるでその血に
歓喜するように鈍く光を放っていた。

「あらかた片付いたな…ティルト、もう一度空を……」

「……コハ君?」

黒玉が空を見上げ、言葉に詰まる。その直後、ティルトも同じく言葉を失った。
空に、見たこともないような色の光の柱がいくつも立っている、一際太い柱からは特に強いフォトンが
感じられ、かなり遠くにあるにも関わらず押しつぶされそうな程だ。
黒玉がその光景を見て、険しい表情になりながらもその翼を大きく広げる。

「飛ぶぞ」

ティルトの承諾も得ないままに黒玉は彼女を抱え空へと飛び上がる、異様なフォトンを放つ光の柱へと
一直線に。
ティルトも最初は驚いたようだったがすぐに持ち直し、彼に抱えられながらもノクスロザンをその手に
迎撃体勢を取る。

「…ティルト」

黒玉の手がノクスロザンにかざされる、すると見る見るうちに鎌は槍の形状へと変わり、美しい黄金の
装飾を持ちながらも、まるで何かを渇望するように禍々しく閃く黒紫の刃を持つ武器へと変化していっ
た。

「こ、コハ君、これ……!」

「それはお前に託す、闇を削り、喰らい、縛る武器だ…だがお前になら何れその闇も……」

その武器が持つ異様な雰囲気は今や眼前に迫る柱から感じるそれに酷似していた、彼の言う闇はきっと
そこに居るのだろう、共鳴するように震える槍を、ティルトは強く握りしめた。

「降りるぞ」

ふわりと、崖のようになっている場所にティルトを降ろすと、黒玉はそのまま黒い粒子に飲まれ、崖下
へと移動した。
ティルトがそれを追って崖を駆け下りる、黒玉は既に、得体の知れない人型の何かと対峙していた。

「……お願い……」

「……」

白いドレスのようなものに身を包むそれは、黒玉と何かを話していたようだった、会話はすぐに終わっ
たらしくティルトには何を話しているか検討もつかなかったが。
交渉は決裂したか、それとも最初からそのつもりだったかのように黒玉が武器を構える。

「あれは……」

ティルトも対峙してみてはっきりとわかった、目の前に居る人型の生き物、それの纏う雰囲気は今まで
何度も対峙した【深遠なる闇】の気配と同等のものだった。
ディーオ・ヒューナル、オラクルでも数度確認された【深遠なる闇】のヒューナル体だ。

「あれを倒すのが俺の目的だ、そして俺のやらねばならないことに繋がる……行くぞティルト」

目配せするようにティルトへ視線を向けた後、黒玉がディーオ・ヒューナルに突っ込む。
片腕を刃のように変えたディーオ・ヒューナルが黒玉の双刃を受け止め弾き飛ばし、黒玉の体に深い裂
傷を負わせた。
だが黒玉もただダメージを受けただけでは済まない、ディーオ・ヒューナルが腕を別の形に変化させよ
うとした隙に、まるで呼応するかのように戻ってきた刃を掴み、目の前に向けられた砲口の横、左右か
ら同時に刃を突き立てる。

「弱点は…そこ!」

黒玉から少し出遅れ気味にティルトが黒紫の槍を振り下ろす、斬撃が固定された腕のコアを裂く、だが
よろめきながらもディーオ・ヒューナルが再び反撃の構えを取った。
上空へ投げられた矢のようなものが、黒玉とティルトを捉え、上空から遅いかかる。

「させるか……!」

黒紫のダブルセイバーが刃と同じ色の粉塵を纏いつつ現れ、即座に投擲される。宙を舞う両剣が弧を描く
ように飛び、上空から落ちてくる矢を全てなぎ払って黒玉の手元に戻った。

「反撃覚悟で飛び込んだのか? 相変わらず無茶をする……」

「それはこっちの台詞、コハ君だってさっき玉砕覚悟で突っ込んだでしょ!」

言い争う二人を禍々しい色の光線が分かつ、ただ黙って無慈悲に砲口を向けるその表情は読み取れない
ただ明確な悪意だけが、黒玉とティルトに向けられていた。
そしてそれは刃となり彼らに降り注ぐ。

「口論をしている時間はなさそうだな……」

降り注ぐ矢を回避し、黒玉の瞳がディーオ・ヒューナルを見据える、視線とともに、彼の絶対的な殺意
がディーオ・ヒューナルへ向けられ、黒玉へと再び砲口が向けられた。
黒玉が翼を拡げ、黒紫の霧から再び双刃を呼び戻す。

「さぁ、行くぞ…!」

黒玉が地を蹴り、真っ直ぐ駆け出す。発射された光線を紙一重で避け、黒玉の双刃が禍々しく閃いた、
ディーオ・ヒューナルの生成した剣と黒玉の双刃がぶつかり、火花を散らす。
黒玉の口角が上がった。

「はああっ!」

黒玉の影から突然現れたティルトの槍が、鍔迫り合いをしていて動けないディーオ・ヒューナルの腕に
あるもうひとつのコアを貫く。大きくよろめき、項垂れて動きを止めたディーオ・ヒューナルから飛び
退いた黒玉の双刃が禍々しい赤光を放つ。

「もうすぐだ……もうすぐ、お前を……」

双刃はダークファルスと見紛う程の闇を孕み、漏れ出した力が霧となって黒玉の身を包む。
それに呼応するようにディーオ・ヒューナルがその背中からフォトンの翼を拡げ両腕を天へと掲げた。

「その闇から、解放してやれる……!」

闇に抱かれる黒玉の体が徐々に霧状になってゆく、それと同時、ディーオ・ヒューナルが収束させたフォトンが
巨大な槍の形を取り、その切っ先を黒玉のほうへと向けた。

「コハ君!」

咄嗟に飛び出したティルトが、黒玉の体を突き飛ばそうと両手を突き出す、だがその手は空を切り、ティルトは
その場に倒れこんでしまった。

「う、嘘……嫌、死んじゃ……嫌……!」

過去のトラウマと後悔が、ティルトの心を真っ黒に塗りつぶしてゆく。放心する彼女の視界に入った槍は
もう目の前まで迫ってきていた。

「……え?」

突然、ティルトの視界が黒い翼に遮られる。彼女の意思に反し一人でに立ち上がった身体に、ティルトは動揺
を隠せなかった。

「な、何、何これ……」

[……俺一人で十分だったんだがな、無謀な奴だ……]

ティルトの頭に直接声が響く、ミュラに語りかけられている時と同じ、自分の内からの声だ。
だがそれは明らかにミュラの声ではなく、先程まで一緒に戦っていたはずの、黒玉の声だった。

[呆けている暇があるなら力を込めろ!今翼で防いでいる槍、あれを弾き飛ばすぞ!]

「え、翼?え、と……わ、わかった…はあぁぁぁっ!」

翼を翻し、巨大な槍を弾き飛ばす。 ティルトはその姿を保ったまま、その背に漆黒の翼と黒い六本の尾を
揺らしていた。
ティルトの片目の網膜が闇に沈んでゆく、瞳孔が大きく開き、闇夜に浮かんだ月を思わせる。

「え、何これ、尻尾、羽根…コハ君は!?」

[俺はここだ、お前の中に居る]

「な、中に居るって……!あ……」

ティルトはこの感覚に覚えがあるのを思い出した、彼女の身体がミュラ=ラピスとして生きていた時の記憶。
コハクとこの身体は過去に一度同じように同化したことがある、その時に感じたあの熱い力。
今は氷のように冷たくなってしまっているが、その力の大きさや性質に大きな変わりはない、おそらくはこれ
もコハクの能力のひとつなのだろう、彼自身も気が付いてはいないのだろうが。

「っ……!」

ディーオ・ヒューナルが翼を拡げ突進してくる、身を翻してそれを避け、先ほど転んでしまった時に落とした槍を拾い上げた。

[説明をしている暇はなさそうだな、行くぞ]

「大丈夫……うん、行こう!」

同化したティルトと黒玉が一気に攻勢にまわる、ディーオ・ヒューナルの腕を弾き、その身体に確実にダメージを与えてゆく。
眼前に向けられた砲口を無理矢理下させ、レーザーの反動で空中へ押し上げられたディーオ・ヒューナルへ真空波を放ち追撃する。
ディーオ・ヒューナルが放たれた真空波を腕で受け、反対側の手から光の矢を投げ飛ばすが、ティルトと黒玉は高速で回転させそれを弾き飛ばした。
無理な体制で放った攻撃が仇となったかディーオ・ヒューナルが着地に失敗して背中をしたたかに打ち付ける、だが独立した腕は天へと掲げられ再び
攻撃の準備に入っていた。

『させるかぁぁぁ!』

渾身の力で突き出された槍がディーオ・ヒューナルの身体を貫く、瞬間光の翼が霧散し、ディーオ・ヒューナルから独立した巨大な腕が地面に落ちた。
ディーオ・ヒューナルの細い腕がその身を貫いた槍を掴み、抵抗するような素振りを見せる。

「はーっ…はーっ…!」

力を使い果たしたようにがっくりと膝をつくティルトから翼と尾が抜け落ち、黒い霧となってディーオ・ヒューナルに纏わりつく。霧は次第に大きくなり
ディーオ・ヒューナルの身を覆いつくした後地面を這うように彼女から離れていった。

「イタ…い…抜いて…」

弱弱しい声にはっとしたようにティルトが顔を上げ、その身を槍に貫かれ蹲る女性に駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか! 今、今抜きますから!」

見たこともない恰好の女性、しかもその身を貫いているのは先ほど自分が突き出した物と同じ…ぞっとするような悪寒を押し殺しティルトはその槍にそっと手
をかけた。

「うっ……ぐぅ……あああああ!!」

突然何かに引っ張れるように槍が引き抜けティルトまでその勢いで地面に転がってしまう。驚いて槍の行方を追うとそこには、見たこともないような黒い獣が
居た。
獣は自らの頭上で留まった槍に向かって低く吼え、槍から零れ落ちる赤黒い液体を浴び満足げにも見える表情を浮かべる。
力を失ったように色が抜けた槍が地面に突き刺さる、その傍らには見覚えのある羽根と破けた彼の服があった。

「……あ、あぁ……」

呻く女性すら目に入らず、ふらふらと立ちあがるティルトの手に先ほどの色の抜けた槍が現れる。

「うあぁぁぁああああ!」

激昂し、突っ込むティルトに獣が気が付き、身の竦むような恐ろしい咆哮で迎え撃つ。
ティルトの怒号と獣の咆哮は、彼らの耳にも届いた。

「ティルト!」 「ティルトォ!」

獣の顔面が死角から飛び出てきた白い影に蹴り飛ばされる、突然の攻撃に獣が体制を崩した隙に白い影はティルトへと駆け寄った。

「ティルト、無事か!」

真っ白な髪、輝く黄光の瞳、見覚えのあるその顔を見てティルトは涙を浮かべた。

「コハ君、良かった…生きてたんだね、私てっきり、コハ君があれに食べれたかと思って…でも、良かった…んだよね…」

安心と違和感の狭間で揺れ困惑するティルトの目を優しく覆いコハクが静かに語り掛ける。

「お前さんはよく一人で頑張った、もういい…あとは任せな…」

柔らかな感触に包まれ張り詰めた糸が切れるようにティルトの意識が途絶えた。
彼の者の意思は果たされ、英雄は人知れず救われた。
闇に沈んだ黒き翼は幾千の戦いを超えて狭間へと還り、彼の守りたかった世界は平和を取り戻す、たった一人の、大きな犠牲によって。

――――アークスシップ内、メディカルセンター。

「ティルトはどうしてる」

「眠っておるよ、あれだけの事があったんじゃ、当然じゃろう」

「そうか……」

「どういうことかわかるように説明して貰うぞ?」

「わりぃなミュラ、それは出来ねぇ……お前さんに伝えるにもティルトに伝えるにも今はまだ、早すぎる」

「どれもこれも後回しか……しかし、今回ばかりは許してやろう、ティルトも一応無事じゃったしな」

「すまねぇな……時期がくりゃいずれあいつに直接話す。ともかく安静にしとけよ、ミュラ」

「あぁ、お主もあまり気負いすぎるでないぞ、コハク」

  • 最終更新:2016-03-16 22:50:55