届かなかった――

恒星の光を浴び鈍く灰に輝く小さな船体が1機、宙の闇の中を切り裂く様に舞っていた。
よく見ると1機だけでは無い、何十とあろう機体が舞って、いや、逃げる様に飛び去っている。
航跡を辿るとその先には光を放つ点がひとつ存在している、それは破壊され船体の各所から爆発を起こしているアークスシップの1隻だった。
激化するダーカーの襲撃、アークスによる迎撃・救助の甲斐無く、無残にも破壊され放棄された数多くのうちの1隻……。
飛び去るシップの中、目を細め見送る様にその姿を見つめていた……、彼の耳には今でも染み付いている……。
人々の叫び、爆音、けたたましいサイレン――。



「何だよ……っ!何が起きてるって言うんだよ!」

少年が叫びを上げる、事態が全く掴めずに居る事に毒づきながらも、自身に危険が迫っている事だけは理解し、
炎の熱気と巻き起こる粉塵の中を何度も転びそうになりながらも走っていた。
周囲には同じ様に焼け出され、安全な場所を求め逃げ出し、走り回る住人の姿があった。
彼らから口々に発せられるダーカー、襲撃と言う単語からおおよその現状を把握し、同時に酷い焦燥感に駆られた。

――逃げないと……!

何処へだ?
決まっている、脱出用のシャトルのある場所だ。
スクールで何度も繰り返された避難訓練、何故こんな事をしなければならないのかと常々退屈に思っていた。
だが実際にこうした事態に巻き込まれると嫌でも必要性が理解でき、昨日までの自分を殴ってやりたい思いだった。
このまま周囲の人々と共に走り続ければそう遠くない内にシャトルの発着場に到着するだろう。
そう考えていた矢先、唐突に思い出す……。

――父さんと母さんは!?

どうして今の今まで忘れていたのか、内心で舌打ちをしながらもその場で踵を返し、両親が居る筈の病院へ向かって駈け出した。

――もう少しでお前にも妹が出来るんだぞ。

嬉しそうに言いながら頭を撫でてくる父、気恥ずかしくて思わず顔を背けてしまった自分、そしてその様子を微笑みを浮かべながら見守る母。
人混みを掻き分けるように逆走しながら、何故か浮かんでは消える父と母の姿。
薄っすらと滲む視界の中、遥か先に爆炎が舞い上がり、腹に響くような轟音が轟いた。
一瞬、父と母が光の中に消えるような錯覚を感じ、何度も頭を振った。

「まるで……」

途中まで口に出しそうになり、はっと思い直す――縁起でもない、そう心中で呟きながら目元を袖で拭い、そして再び駈け出した。
シップの中心部に近いエリアの為か、既に避難する人々の姿もまばらになっていた。
早く行かなければ、意識だけは前へ前へと先走る中、少年の体は半ば悲鳴を上げている。
何度も転び、擦り傷を作り突き動かされるように走り続けた。

――何処だ……?

周囲を見渡すとそこには倒壊した建物、一部では火の手が上がり黒煙を噴き出す光景が広がっていた。
焦燥感に苛まれる、頭では理解しているが認めたく無い、そんな思いを打ち砕くように一つの文字が目に入ってくる。

「――――総合病院……。」

思わず息を呑み呟いた。
こんな筈では無かった、朝目を覚ますと其処には少し怒った表情をした母、追い立てられるようにリビングへ行くとしょうがない奴だ、と苦笑した父と朝食が待っている。
そしてスクールで退屈な授業、それが終わればクタクタになるまで遊んで、家へ帰ると夕飯が待っている、そんな毎日が続くと信じて疑っていなかった。
ガクガクと脚が震える、立っていられずにその場に膝を突き、嗚咽をあげる。
分からない、哀しいのか悔しいのか、それとも怒っているのか、怒っているのなら何に対してなのか、ただ衝動的に何度も瓦礫に叩きつけた拳に走る痛みが少年を許してくれているような気がした。



どれ位の時間その場に蹲っていたのかは分からないが、突然背後から人の声がするのを感じた直後、体が宙に浮かび上がった。
ゆっくりと振り返るとそこには、煤や汚れに塗れているが、父と同じ位の年齢であろう男がおり、少年を抱き抱えるように持ち上げていた。
野太い声で男が続ける。
「こんな所で何やってんだ坊主、この辺はもう避難は終わってんだぞ!」

――避難が終わっている……?

その言葉の意味を理解するのに数瞬を要した……。
ならば父や母も既に避難しているのかもしれない……。
目の前が明るくなったように感じた、男はゆっくりと少年をその場に降ろすと――。

「走れるか?」

そう、短く尋ねる。
少年も小さく頷いてそれに応える。
男が少年の背中を軽く叩く、不思議とそれだけの動作の中に優しさが感じられるような気がした。
諦めたくない……、目元を袖で拭い、見据えるように前を向き再び全力でその場を駆け出していった。

市街地の中心部を離れ、シップ外縁に向かうにつれ銃声や爆発音、建物の崩れる音等が休みなく鳴り響いていた。
ダーカーとの戦闘が激しいエリアなのかもしれない。
徐々に近づく爆発音と目の前を遮る粉塵や黒煙を振り払いながら無我夢中で走っていた少年の視線の隅を何かが横切った刹那。
一際近い場所からの爆発音、そして誰かの叫び声が聞こえた気がした……。

「――――!」

一瞬世界が回ったような錯覚に陥る。
気が付くと少年は地面へと倒れこんでいた、擦り傷が増えあちこちをぶつけたのだろう、鈍い痛みが体中を覆っている。
状況を整理しようと直前の出来事を思い出そうと努める、背中を突き飛ばされる様な衝撃に見舞われ、直前に男の声を聞いていた。

――危ない!……と。

ハッとしたように上半身を起こしその場を見渡す。
何か大きな物が近くの建物に衝突し、建物が崩壊し多数の瓦礫を辺りにまき散らしていた。
視線をぐるりと回すと、瓦礫の山と化した建物の直ぐ側に男の姿を発見した。
地に伏せ、瓦礫に体の一部を挟まれてしまった男の姿を……。
男も少年に気づいたのだろう、顔を上げ声を掛けてくる。
「おう……、無事か?」
思わずゴクリと息を飲む、一言無事だと伝えようにも声が出ない、脚に力が入らず上手く立ち上がることも出来ない。
自分を助ける為にこうなってしまったのだ、そう考えると怖くて仕方がなかった。
震える腕を恐る恐る伸ばすようにして、男に近づこうとする。男を救うためなのか、それとも自分が救われたいがためなのか分からないが――。
「早く逃げろッ!」
男の、怒りのこもった、叫びにも似た声に思わずビクリと動きを止めてしまう。
少年の様子を見て取った男が左右に小さく首を振り、行け――と言わんばかりに手を振っていた。
悔しかった、自分が残った所で何も出来ない、それは男だけではなく自分自身でもよく分かっている。
歯を食いしばりながら目の前の男からそっと視線を外し……、飛び上がるようにその場から逃げ出した。
背後では幾度と無く爆発音や何かの崩れる音が聞こえる、が……振り返らず、いや、怖くて振り向けず、その場から一刻も早く離れたかった。
最低だ――、自己嫌悪に押し潰されそうな中をひたすら走り続けていた。



宇宙港は避難先を求める住民で溢れかえっていた、住民の大半は既に脱出したはずだがそれでも脱出しきれていない住民が多数取り残されている。
その中で脱出用シップに搭乗出来たのは幸運と言えるだろう、例えシップの内部が、通路に至るまで、避難を求める人間で埋め尽くされている様な状況でもだ。
実際に非常に幸運だと自分自身でも思っていた、搭乗口のギリギリまで人が詰め込まれている中、今にも溢れんばかりの入口付近に滑り込めたのだから。
少年を取り囲む人々の口からは思い思いの安堵の声が聞こえ、また逆に家族とはぐれたのであろう、悲観し涙を流す人も大勢居た。
自分自身、父と母と再会できると決まった訳ではない、信じたい気持ちに諦めがじわじわと覆い被さる、何とも言えない気持ち悪さを感じていた。
俯きながらそのような事を考えていると、少年の耳に男達が言い争う声が聞こえた。
騒動の方へと向き直り、見上げるとシップに乗れなかった男がシップ内の男の胸倉を掴み殴りかかっていた。
周囲に動揺と悲鳴が広がる、このまま騒ぎが拡大すればシップの出発に影響する可能性もあるからだ、
何よりも混乱と恐怖の中ヒステリックな感情の爆発があればどうなるかも分かったものではない。
呆然とその光景を眺めている少年の視界の端に小さな影が飛び込んだ。
ロザリオを固く握りしめた同じ年齢位の少女だろう、彼女は男達の騒動に巻き込まれタラップに叩き付けられるように放り出され、その場に蹲った。
その光景を見つめていた少年と少女の視線が触れ合う、意識はしていなかった、だが気が付くと少年は少女に向かって懸命に手を差し伸べていた。
人々のひしめく隙間から必死に手を伸ばす、どうして手を伸ばしたのかは分からない、ただ助けたいと思ったからなのだろう。
少女も伸ばされた手に気付き、蹲りながらも手を伸ばす。
叩き付けられた際に体を傷めたのだろう、その手は震えていた。
足下が大きく揺れ始める、シップの発進が迫っているのだろう。

――もう少し……、早くっ……!

気持ちばかりが先走る中、互いの指先が触れ合った。直後――。
一度は触れ合った筈の指先がゆっくりと遠ざかって行く、シップが動き出したのだ。
遠ざかる少女の指先……、そして少女を呆然と見つめている。
少女もまた少年をじっと見つめていた……。



少女の瞳は絶望に満ちていたのか、それとも全てを諦めてしまっていたのか、酷く無機質で無感情な表情を浮かべていたように思えた。
彼女がどういった思いで自分を見つめていたのかは今でも分からない、だが一言

――どうして助けてくれなかったの?

そう訴えていた様な気がする、避難用シップが脱出した直後、襲撃を受けたシップは炎に包まれ爆散し、彼女を見つめていた時間はほんの僅かだ。
だが今でも時折、あの時の光景が夢の中へと映し出される。その度に何度も何度も彼女を見殺しにして……。
今でもハッキリと脳裏に浮かぶ彼女の姿を振り払うように固く握りしめた手に視線を降ろす。

――今の自分なら手が届くのだろうか……。

胸中で呟きながら、ふとシップの窓に視線を動かす。
破壊されたアークスシップが最後の輝きを放ち、完全に崩壊した。
彼はその姿を暗い面持ちで見つめ、やがて逃げるようにその場を後にしたのだった。

  • 最終更新:2015-09-13 20:44:20