屈せぬ心

緊急警報発令。
アークス船団周辺宙域に、多数のダーカーの反応が接近しつつあります。


響き渡る警報と、オペレーターの緊迫した声。
点灯した警告灯が、艦内を赤く染め上げる。
アークス、一般員を問わず、オラクル船団のすべての人間に緊張が走る。
幾度と無く繰り返されてきた光景だが、それでも決して慣れる事などはなかった。

ミリエッタ「ダーカー接近の緊急警報…。
      出撃準備、整えておいた方が良いでしょうか…」
ティルト「うむ、有事に備えておいて損はないじゃろうな」

ミリエッタとティルトは緊急警報を受け、出撃の準備を進めていた。
このまま迫り来るダーカー反応と接触すれば、どこかの船に被害が出るだろう。
艦内へのダーカー侵入という事態になった場合、その撃退はアークスの役目だ。
いつ出撃命令が下されても良いように、2人は万全の体制を整え、ゲートエリアへと向かった。

張り詰めた空気の中、無限にも感じられる時間が静かに流れて行く。
その静寂は、先程にも増して切迫したアナウンスによって打ち破られた。

「緊急事態発生。アークスシップの一隻がダーカーの襲撃を受けています。
 アークス各員は、至急救援に向かってください!」

予見通りの、ダーカーによる襲撃の発生。
全アークスに、攻撃を受けたシップの救援という緊急指令が下された。
ティルトとミリエッタも弾かれたようにゲートへと向かい、出撃手続きを進める。
だが、任務の概要に目を通したミリエッタの表情が、信じられないといった様子で凍りつく。

ミリエッタ「………。
      ぇ…嘘…っ…。なんで……」

青ざめた顔のまま、掠れた声で呟くミリエッタ。

ティルト「ん?どうかしたか?」
ミリエッタ「…お父さんっ!お母さん…っ…!」
ティルト「っ…!?」
ミリエッタ「ティルトさん…っ…今、襲撃を受けている船…!
      私の、生まれ故郷の船なんです…!」

異変に気付いて問うティルトに、ミリエッタは悲鳴にも近い声で事情を説明する。
作戦要項に記載されていた、救援対象のアークスシップ。
それは、ミリエッタが生まれ育った場所であり、現在も彼女の両親が一般員として暮らす船の名だった。

ティルト「なん、と・・・」
ミリエッタ「助けに、行かなきゃ…!
      お願いします、力を貸してください…!」
ティルト「うむ!力の限りを尽くさせてもらおう」

助けを求めるミリエッタに、ティルトは力強く応える。
急いで出撃手続きを済ませると、2人はキャンプシップへと駆け出した。


【救援対象アークスシップ周辺宙域 キャンプシップ内――】

キャンプシップの窓から見える、一隻のアークスシップ。
その上部は、赤い雲に包まれている。
故郷の船がダーカーの群れに襲われている光景を目の当たりにし、ミリエッタは小さく息を呑んだ。

ティルト「平常心でのぅ…」
ミリエッタ「は、はい…」

彼女の動揺を察し、ティルトがそっと声を掛ける。
これから2人は、アークスとして救援任務に赴くことになる。
冷静さを欠く訳にはいかなかった。

2人を乗せたキャンプシップは、徐々にアークスシップへと近づいて行く。
襲撃の矛先がこちらに向かないよう、細心の注意を払いながらの接近。
しばらくして船内に電信音が響くと、テレプールへと続くゲートが開かれた。
目標艦内への転送が可能な距離まで到達したらしい。
ティルトとミリエッタは互いに目配せし、小さく頷くと、揺らぐ景色の中へと飛び込んでいった。


【救援対象アークスシップ内 市街地区画――】

揺らめく焔が、瓦礫の影を不規則に躍らせる。
襲撃を受けた市街地は、戦場と化していた。
この区画は既に避難誘導が完了しているのか、周囲に一般員の姿は無い。
代わりに見えるのは、奔走するアークス達と、無数の悪意の化身。

ミリエッタ「こんなにダーカーが溢れているなんて…」
ティルト「うむ、急いだ方が良いな…」

他のアークスに遅れまいと、ティルトとミリエッタはそれぞれの武器を手に走り出す。
特殊C支援部隊所属アークス2名、作戦行動開始――




轟音と共に、真紅の巨体が横たわる。
衝撃で、アスファルトの地面が大きく揺れた。

ミリエッタ「こんな大型ダーカーまで…」

巨大な亀の姿をした敵は、活動を停止すると共にボロボロと崩れ去り、溶けるように姿を消す。
突如現れた希少種・リグシュレイダを退けた2人は、大きく息をついた。
大型タイプを仕留めた事で、周囲のダーカーの気配が幾らか薄れたように感じられる。
しかし、上空は依然として赤黒い雲に覆われており、この船が脅威に晒され続けている事を示していた。

ミリエッタ「それに…」

作戦の進行状況を把握すべく、端末を操作して管制からの情報を確認するミリエッタ。
その表情が、不意に曇る。

ミリエッタ「…ファルス・ヒューナルまで、侵入してるとか…」
ティルト「奴か…」
ミリエッタ「………」

ダークファルス【巨躯】の人型形態の呼称であり、極めて強力なダーカーの1体。
そんな存在が、この艦の内部に潜んでいる。
今のところ目立った動きは無いようだが、いつ壊滅的な被害が出てもおかしくはない状況だ。

加えて、ミリエッタは以前、リリーパ採掘場跡で【仮面】と遭遇した時の事を思い出していた。
【仮面】の放つ威圧感に完全に気圧され、逃げ惑う事しかできなかった自分。
ファルス・ヒューナルがあの【仮面】と同格以上の力を持つ事は、想像に難くない。
もし遭遇したら、戦えるのだろうか。
重たい不安が、彼女の胸中に渦巻いていた。

ミリエッタ「……。」

耐えかねて、通信端末を操作するミリエッタ。
緊急任務中に褒められた行為ではないと理解しながらも、両親への通話を試みる。

ミリエッタ「…ダメ、繋がらない…。
      お父さん、お母さん…」

しかしこの混乱の最中、一般回線などとうに麻痺しており、通信が繋がることはなかった。

ティルト「とにかく急ごう…」
ミリエッタ「はい…」

先を促すティルトに、ミリエッタは力無く頷く。
今は、進むしかない。
暗い思考を振り払うように、ミリエッタは前を行く仲間の背を追った。




救援に訪れたアークス達の奮闘により、艦内にひしめく敵の軍勢は、次第にその数を減らしていった。
周囲からダーカー反応が消失した事を確認した2人は、次のエリアへと向かう。
地下道を通り抜け、新たな作戦領域に踏み込んだ所で、ミリエッタがその足を止めた。

ミリエッタ「…ッ…!こ、この区画…っ…」

緊張した面持ちで、落ち着き無く周囲を見渡す。

ミリエッタ「…いる…。
      強い敵意が、辺りのフォトンに満ちているのを感じます…」

これまでの敵とは一線を画す相手が、近くに潜んでいる。
極めてフォトンに鋭敏な感覚で、ミリエッタはその存在を察知したようだ。
その言葉に神経を研ぎ澄ませてみると、ティルトにも周囲のフォトンの変化が感じられた。

ティルト「用心せんとな…」
ミリエッタ「………」

注意を促し、歩き出すティルト。
しかし、ミリエッタは。

ミリエッタ「…怖、い…助けに行かなきゃいけないのに…っ…」

自らを両腕で抱きしめるようにして、その場に座り込んでしまう。
小さな身体が、小刻みに震えていた。

ティルト「ミリィ殿…」
ミリエッタ「うぅ…っ…」

怯えるミリエッタを前にして、ティルトは思考を巡らせる。
このままでは作戦継続は困難だ。
ミリエッタを帰還させ、この先は自分一人で進むべきだろうか。
だが、ここで逃げ出してしまったら、彼女は心に深い傷を負う事になるだろう。
ならば――
ティルトは決意すると、ミリエッタの前に腰を落とし、静かに語りかける。

ティルト「…大事な人なんじゃろう?」
ミリエッタ「……っ…!」

大事な人。
その言葉に、最愛の父母の顔がミリエッタの脳裏をよぎる。

ティルト「お主には守るだけの力、大事な人を助けるだけの力がある」
ミリエッタ「……!」

生まれ持った、フォトンを感じ取る能力。
そのせいで苦しんだ事も、数多くあった。
だけど、今危機に瀕している人々を救えるのは、フォトンの力だけだ。

ティルト「それに一人ではない…」
ミリエッタ「ティルトさん…」

ミリエッタを正面から見つめ、優しげに微笑む翠緑の双眸。
ティルトがそっと、手を差し伸べる。

ミリエッタ「はい…私が…私たちが、守らないと…ですよね…。
      お父さん、お母さん…この船の、人達…」
ティルト「…うむ」

守りたい。
大切な存在を、この力で守りたい。
少女はそう願い、差し伸べられた手を取った。

ミリエッタ「…ティルトさん…少しだけ、勇気を分けてください…
      私、戦います…っ…!」
ティルト「うむ、最後まで横にいる…思いっきり戦うと良い」

決意を胸に、立ち上がるミリエッタ。
ティルトは力強く頷くと、街路の先へと視線を向ける。

濃厚な敵意は、間近まで迫っていた。
真っ直ぐに伸びる道、その中央に佇む影。
黒曜の鎧に身を包んだ魔人が、ゆっくりと近づいてくる。

ミリエッタ「……!」
ティルト「でたか!」

2人のアークスは各々の武器を構え、ファルス・ヒューナルを迎え撃つ。
一隻のアークスシップの命運をかけた闘いが、幕を開けた。




襲い掛かる両の拳を軽やかにいなしながら、ティルトは法撃を叩き込む。
彼女が振るうのは、アークス最新技術の粋を集めた可変長杖(オーバーテイル)。
その力で極限まで励起された光のフォトンは、ダーカーの長たるファルス・ヒューナルにも確実にダメージを与えていた。
ミリエッタも、ティルトを援護するように光の矢を放つ。
出力の限られた彼女の導具では、ティルトのような威力を引き出す事はできないが、牽制としては十分だ。
戦況は、アークス側が優勢かに思われた。

だが、ファルス・ヒューナルがその背に負った曲刀を抜くと、状況は一変する。
得物の分だけ拡がる敵の間合い。
弧を描く刃はその有効距離が測りにくく、慎重な立ち回りを強いられる。
苛烈な連続攻撃にペースを奪われ、2人は防戦へと回っていた。
更に。

――オオオォォォ!!

ファルス・ヒューナルが雄叫びを上げると、手にした剣が赤黒い闇に包まれる。
闇は瞬く間に伸び上がると、曲刀本来の長さの十数倍はあろうかという、巨大な刀身へと変化した。
周囲一帯を薙ぎ払うかのような、凄まじい刃風が吹き荒れる。
素早く後方に跳躍し、間一髪で斬撃から逃れるティルト。
だが、その眼前には、地を叩く剣から放たれた衝撃波が迫っていた。

ティルト「ぐッ…!」

飛散する赤と、湿った音。
寸手の所で身を捻り、直撃こそ逃れたものの。
長身の美しきアークスは、身に纏った煌びやかなドレスごと、その脇腹を深く切り裂かれていた。
ティルトは地に膝を着きながらも、冷静に傷口に手をかざし、治療法術(レスタ)で回復を試みる。
しかし、傷から入り込んだ汚染フォトンが妨げとなり、思うように治癒が進まない。

ティルト(しまった、インジュリーか…!)

消えない痛みに、焦りを感じ始めたその時。
滑るように1枚のカードデバイスが飛来し、ティルトの傍で淡い輝きを放つ。
導具を経由して遠隔発動された、ミリエッタの浄化法術(アンティ)。
辺りに満ちる清浄なフォトンが、ティルトの脇腹に残る熱い疼きを消し去って行く。
そればかりか、身体中に力が満ちていくのが感じられた。

ミリエッタの的確な支援を目の当たりにしたファルス・ヒューナルは、静かに彼女へと向き直る。
これまで歯牙にも掛けず、半ば無視していたその存在を、排除すべき障害と判断したようだ。
曲刀を振り上げ、猛スピードで標的へと迫る。
凄まじい殺気が周囲のフォトンを伝い、ミリエッタを飲み込んだ。

ミリエッタ「…っ…!」

恐怖のあまり竦みそうになる脚に、それでも力を込めて踏み止まる。
襲い来る一撃に備え、身構えるミリエッタ。
死神の鎌のような刃が、燃え盛る炎を映してギラリと輝き――
その刀身に無数の光の粒子を受け、砕け散る。

不意を突かれ、たたらを踏むファルス・ヒューナル。
上級光術(イル・グランツ)で曲刀を撃ち抜いたティルトが、長杖を構えた姿勢のまま、ミリエッタに向けて小さく頷く。
少女は手にした導具に、ありったけのチカラを込め……目の前の闇に、光の槍を突き立てた。

胸部の核を貫かれたファルス・ヒューナルが、くぐもった叫び声を上げる。
数歩後ろによろめいた後、大きく跳び退ると、赤黒い霧と化して虚空に消えた。
ファルス・ヒューナルの撤退と同時に、空を覆っていた禍々しい雲が急速に晴れていく。
程無くして、アークス本部から緊急事態の収束宣言と、アークス各員への撤収指示が告げられた。



【救援対象アークスシップ上空 キャンプシップ内――】

帰還命令に従い、キャンプシップへと戻った2人。
だが、ミリエッタは父母の安否が気掛かりで、心ここにあらずといった様子だ。

ティルト「連絡は取れそうか?」
ミリエッタ「…分かりません…。
      そこまで、大きな被害は出てはいないみたいですけど…」

端末を操作しながら、ミリエッタは管制から都度伝えられる状況を確認していた。
多くのアークスが直ちに救援に向かったため、被害状況は然程大きくはないようだったが……。

――ピピピピッ!!

手の中の端末が電子音を発し、メールの着信を報せる。
慌てて画面を切り替え、メール機能を起動するミリエッタ。

ミリエッタ「…お父さんっ!?」
ティルト「!?」

送信者欄に記されていたのは、父の名で。
震える指で端末を操作するミリエッタと、その様子を固唾を呑んで見守るティルト。
メールを読み進めるミリエッタの表情が、次第に安堵に緩んでいく。

ミリエッタ「…はぅっ…よかった…大丈夫、だったみたい…。
      …救援に来たアークスの誘導で避難して…お母さんも一緒に…無事だ、って」
ティルト「そ…そうか…」

ようやく笑顔を取り戻したミリエッタに、ティルトも胸を撫で下ろす。

ティルト「よかった…よかったのぅ。
     お主が逃げずに頑張ったから、救援部隊もしっかり皆を救助できたんじゃ」
ミリエッタ「ありがとう、ございます…。
      私、ちゃんと戦えました…!」
ティルト「うむうむ!
     本当に立派じゃったよ…」

平穏を取り戻した空の上で、ティルトたちは救援成功の喜びをかみしめる。
そんなやり取りの中、2人を乗せたキャンプシップは、静かに三番艦ソーンへと航路を向けるのだった。
窓の外、ゆっくりと遠ざかって行く故郷の船を、言葉少なに見つめるミリエッタ。
潤んだ瞳は、微かに寂しげな色を湛えていたが、すぐに凛とした表情で顔を上げる。

ミリエッタ「さぁ、帰りましょう。
      作戦の報告もしないと!」



大切な存在を、この力で守りたい――

ダーカーへの恐怖心を克服し、かけがえのない人と故郷を守り抜いた、一人のアークス研修生。
ミリエッタこの日、どんな苦境にも屈することのない、1つの願いを手に入れた。
最後の壁を乗り越えた彼女は、数日後、遂に正規アークスに認定される事となる。

少女の描く軌跡は、これからも続いていくだろう。
その歩みの傍で、常に彼女を支え続けた仲間たちと共に――




【中の人より】


  • 最終更新:2015-09-14 01:15:17