女の子って、大変です(前編)

「いい加減、腹を括ったらどうかね」
「そんな事言ったって……上手くやれる自信なんて無いですよ、ボク……」

治療費と、男に戻すための費用を免除してもらう。
その為の条件として、アークスになる事となったボクは、この先の生活に対する不安にすっかり意気消沈していた。

「いきなり実働部隊に放り込まれる訳じゃない。きちんと、然るべきトレーニングを経た上で……」
「そうじゃなくてっ。男である事がバレちゃダメだなんて……!」

そう……一番の不安はアークスになる事自体よりも、お医者さんが示す条件の中に含まれていた、とんでもない制約。
それは、アークスとして過ごす間、ボクが本当は男だという事を隠し、女性として振舞わなければならないというものだった。

「それこそ心配ない、その身体は正真正銘の女性だ。
 言動にさえ気をつけていれば、誰も気が付かないだろう」
「その言動が問題なんです!急に女の子のフリなんて、ボクには……」

これまでも、度々女の子に間違えられてはきたけれど……それでも、ボクは17年間男として生きてきたんだ。
本当に女の子になっちゃったとは言え、立ち振る舞いまで女らしくなんて出来っこない。

「では、僕からの制約がなければ、君は自分が男だと公言するつもりだったのかい?」
「えっ?」

それって、どういう事?

「女性の身体に男性の人格……そんな事実を明かそうものなら、たちまち好奇の目で見られる事になるだろう。
 君は、その視線に耐えながらアークスをするつもりか?」
「そ、それはっ……その、ボクは……」

当然と言えば当然の、お医者さんの指摘。
考えてみたら、それはそれで凄く恥ずかしい。

「ならば、今からでも癖をつけておくべきだ。
 ほら、女性は普通、自分の事を“ボク”などとは言わないよ」
「うぅ、分かりました……。
 ……わ、私……ちゃんと、女の子らしく振舞います、です……」

お医者さんに押し切られるように、女の子っぽい言葉遣いを意識してみたけれど……顔から火が出そう。

「あの制約は、君のためでもあるんだよ。
 まぁ、そう気負わない事だ。慣れさえすれば、自然にできるようになるだろう」
「はぁ……」

そうは言うけれど、やっぱり気は重い。

「ふむ、何か飲むかね?
 コーヒーぐらいなら、すぐに淹れられるが」
「ぁ……はい、ありがとうございます……」

そんな様子を見かねたのか、お医者さんは話題を変え、部屋の片隅のテーブルへとボクを連れて行く。
少し喉も渇いていたので、素直に好意に甘える事にした。

「砂糖やミルクは要るかい?」

ポットのお湯をコーヒーパックに注ぎながら、お医者さんが尋ねる。

「いえ……そのままで大丈夫、です」
「おや、そうか?」

意外そうな反応を示されるけれど、ボクだってもう17歳。
オトナの味くらい、分かる年頃だ。

「さぁ、どうぞ」
「いただきますっ」

テーブルに置かれたカップを手に取ると、漂う香りを楽しみながら濃褐色の液体を喉に流し込む。
その途端。

「ゔっ…!?けほっ、こほっ…!」

な、何コレ!?
予想外の苦味に、ボクは思わず咽てしまった。

「…大丈夫かい?」

視線を上げると、お医者さんが苦笑しながらボクを見つめていた。

「これ、なんてコーヒーです?ちょっと、苦過ぎじゃありませんか…?」
「ん?ありふれた市販品だが」

特に苦味の強い銘柄なのでは、と思って尋ねてみたけれど……彼が指差す先には、ボクにも見覚えのあるパッケージ。
おかしなぁ……ブラックコーヒーくらい、普通に飲めたはずなのに。

「やはり、こうした方が良さそうだ」

戸惑うボクを余所に、スティックシュガーとポーションミルクを取り出すお医者さん。
それぞれの中身をすべてコーヒーカップに流し込むと、マドラーでさっと掻き混ぜてくれた。
でも、スティックシュガー丸々1本は入れ過ぎじゃない?
そう思いながら、再び口を付けてみると。

「ぁ…美味しい…!」

ミルクとお砂糖がたっぷり入ったコーヒーは、予想通りの激甘テイストに。
だけど、その強い甘さが、不思議ととても美味しく感じられた。

「味覚の違い、だろうね。
 女性は甘味が強いものを好む、というのはよく聞く話だろう?」
「………」

確かに女の子は甘い物が好き、というイメージがあるけれど……。
その女の子に仲間入りした事を、改めて感じさせられ、複雑な心境になる。

「他にも困惑する事があるだろうが、受け入れる事だ。
 自然な振る舞いをするためにもね」

お医者さんはそう言いながら、ボクの向かいの席に腰を下ろす。

「さて、落ち着いたかな?
 それでは今後の事について、もう少し話をしようか」
「はい……お願いします、です」

そうだ、アークスになると言っても、これからどうすればいいのかをもっと詳しく聞かないと。
お医者さんの言葉に頷きながら、甘いコーヒーをもう一口啜る。
ん……やっぱり、美味しい♪



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お医者さんは今後の流れについて、事細かに説明してくれた。
事務手続きが完了し次第、ボクはアークスとして登録されるという事。
ボクにはアークス用居住区の一部屋が用意されており、これからはそこに住むという事。
しばらくの間は、専属スタッフによる各種訓練などのサポートが行われる事。
その後正式に所属部隊が決まり、そちらへ配属になるという事……。

各方面への根回しは万全で、当面は何とかやっていけるんじゃないか、という気がしてくる。
だけど話を聞いている内に、まったく別の理由による焦りと不安が、ボクの心を支配し始めていた。

「……と、まぁ、こんな所だが、何か疑問などはあるかね?」
「あのっ……今後の事については、大丈夫なのですが……」

下腹部にじわじわと広がりつつある、この感覚は……

「ん?どうかしたかい?」
「すみません……お手洗いは、どちらでしょうか……」

そう、お医者さんのお話を聞いている内に、おトイレに行きたくなってしまったのだ。

「あぁ、そこの扉を出て真っ直ぐ、突き当たりだよ」
「し、失礼しますっ」

トイレの場所を聞くと、ボクは急いで席を立つ。
教わったとおり、廊下の突き当たりの部屋へと駆け込んだ。

「………」

しかし、個室の中でボクは途方に暮れる事になる。

……女の子って、どうやったらいいんだろう!?

何せアレが無くなってしまったのだから、どうすれば良いのか分からない。
加えて今のボクは、裸にローブ1枚という、凄い格好なのだった。
でも、これ以上我慢するのは無理……!

「と、とりあえず…座ってするんだよ、ね…」

ローブの裾をたくし上げ、腰の上で結んで固定する。
露になった下半身を、極力意識しないようにしながら、ボクは便座に腰を下ろした。


「…はふぅ……」
「ずいぶんと顔が赤いが、平気かね?」

恥ずかしさに耐えながらどうにか用を足し、ふらふらと研究室に戻ったボクに、お医者さんが声を掛ける。
うぅ、全然平気じゃありません。
なんだか、大事な一線を超えてしまった気分です。
だけど、そんなボクを、更なる追い討ちが襲う事になるのだった。

「お疲れの所すまないが、次の準備に取り掛かってもらうよ」
「次、ですか…?」

お医者さんの言う、“次”とは。

「今日から君が寝泊りする部屋へ、案内する。
 市街地に出る事になるから、身だしなみを整えないとね。
 さぁ、まずはシャワーを浴びておいで」
「……!?」

どうやら、ボクの試練はまだまだ続くようです……。

(続く...)

  • 最終更新:2015-09-13 20:52:29