増える


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  •  教授サイド(セイアのたくらみ)

「『男が必要なのね』」
 アークスが抱えている根本的な問題の一つに「男衆が少ない」という事は頻繁に聞く話である。
 勿論、そのような人口統計は誰も取った事がないし、わたくしの主観で物事を考えれば、最危険地域のような危険な職場では殿方の姿を拝見することが多い。しかもその殿方達は腕利きの猛者である事が殆どである。
 だからこそ、アークスに男性が少ないという問題に対しては、わたくしはさほど懸念は感じてはいなかった。
 一方で小隊に限って言えば男性が少ないという事に関しては「男衆が少ない」のも一理あるとわたくしは感じていた。いや、女性が多すぎると言うのだろうか、とにかくこれは認めざるを得ない判然たる事実であると思う。
 そういう背景もあってか、小隊に所属する男性諸君が「野郎が少ない」という言葉を悲しそうな口調で話す事が多いように感じる。わたくしはそれについて「どこか悲しいのかしら」と詰め寄ってみるのだけれども。本人達は「そんなことはない」と否定はしてしまう。
 しかし瞳に奥底に映った憂いは隠しきれてはいなかった。
 こじつけだけどね。まあ、それはいいでしょう。
 さて話は変わって、元来、ヒトというものに精神の高揚を与えてくれるものは異性であることは間違いないと思う。
 一方で「癒し」という方面から物事を考察してみると、それはもしかしたら同性同士の方がより一層「癒し」を与えてくれるのかもしれない
 例えば、わたくしは一応、女性の体を持ってこの世の中に生を与えられたものの、年甲斐もなくやれ「女子会」など「女子力向上」など「お洒落」など「コイバナ」などには足を突っ込みたくなるものである。
 そこに男のような不純物は必要ない。
 女性だけの空間において、女性だけの密かな楽しみを感じる事に至高の悦楽を感じるのである。
 故に、男性も同様の事がわたくしは言えると思う。
 そういう訳なので、わたくしは二度目も同じ発言を繰り返した。
「『男が必要なのね』」
 小隊の殿方達の動揺の声が聞こえる。
 しかしそれは照れ隠しに過ぎない事が分かっていた。
 確かに『彼』は精神をほんの少しばかり病んでいたから、頼りがないといえば頼りがないかもしれないが、それは間違いなく後天的に植えつけられたものであり、本来の彼は元は「警察」で、また交流関係も広かったのだから頼り甲斐のある聖人君子なのである。
 いささか、女性への対応には慣れていない節々を垣間見ることはあるけれども、それでも彼はわたくしが自信を持って推薦できる人物の一人であることは間違いない。
 わたくしが再度、念押しの「かし」をつけるように、もう一度だけ同じ言葉を繰り返した。
「『男が必要なのね』」
 と。わたくしと発言すると、一度チーム回線をオフにした。
「まあ、ぶっちゃけ。新しい火種を注ぎ込みたいだけなのだけれどもね。うふふふふ」
 わたくしの中で二か月前にアークスから消えた『彼』の輪郭が徐々に形作られていた。
 熱い内に釘を打てと世間では言われる。わたくしもその教えにあやかり、早速、『彼』にメールを送る事にした。

  • 『彼』のサイド(目覚める野獣)

 精神を患ってから何年が経つだろうか。
 いや、それはいささか被害妄想にも程があるような気がする。
 確か俺がアークスに入隊したのが今年の六月。そこである女性とあって、アークスの仕事を休業すると決めたのが八月の初めだから、おおよそ四カ月の間、病院に通っていたということになる。
 通院という形であるから、それ以外の時間はある程度自由に使うことができたが、元いた警察の本部に戻るのも忍びないし、アークスの業務を遂行するのは俺の精神がもたなかった。
 どうしてもあの『トラウマ』が脳裏を遮り、俺の中の自信を瞬く間に俺から抜き去っていくのである。
 その喪失感に俺は耐える事ができなかった。
 確かに俺は慢心していたのかもしれない。アークスという職業においては、お世話になったセイア先生や、助手のステラちゃんを見ていたから、俺自身も実力が不足していると感じてはいたが、それでも「自分はやればできる」というささやかな傲りを感じていたのであろう。
 考えれば考えるほど肩が下がっていく心地がする。色々なつてがあるから、仕事には困りはしないし、生活するだけのメセタは工面できていたものの、何かしらやりきれない気持ちがして仕方がない。
 そんな風に考えている内に、市街地の大病院に到着した。ここはシップ内のメディカルセンターとは違いアークス以外の一般人の治療を行う施設である。
 今日は俺自身の最後の検査。自分ではそうは感じないが、俺はどうも「鬱病」から回復している傾向にあるらしい。それはこういうもやもやした感情も俺の心の奥底で処理されたのか、あるいは俺自身の性格が暗い性格に変容してしまったのか。それは定かではないが、それでも退院という形を取れるのはやはり喜ばしい事であった。
「よし、最後の検査。張り切って行ってみるか!」
 検査の一つに何を張り切る事があるのだろう。しかし。こうして自身にエールを送る事で、少し心持が軽くなったような気がした。
 このような事情を知っている俺の友人は、端末に退院することを祝うメールを送ってきている。それに心を励まされながら、ふと、アドレス帳を開いてみると俺は驚愕の事実に気づいてしまった。
 アドレス帳に記載されている女性。それはセイア先生とステラしかいなかったのであった。
 改めて気づく。
――、俺は男に囲まれている。

  • 助手サイド(潜入調査ステラちゃん!)

 素行調査という事で市街地にある大病院に来ているけれども、私の気分は乗っていなかった。
 勿論、素行調査は好きである。
 探偵じみたことも大好きである。
 教授から半ば冗談でクランデルタさんとロミオくんの調査を頼まれているけれども、彼らの調査を本格的に行う事はこころから楽しみにしているし、そのための準備も万全にしているつもりである。
 だけど今日の調査は気分が乗らない。
 というのも、今回の私の仕事。アークスとしてではなく「弁護士」としての仕事内容は「離婚調停」なのである。
 こちらとしては有利な証拠を集めていて、今日でそれも三日目。私が弁護している原告の女性。この病院に勤める内科医師の妻にあたる人物の勝訴に有利は傾いているものの、実はといえば、私は「離婚調停」は好きではない。
 何というか、ドロドロした恋愛関係を見せつけられているようで、心が晴れないのである。
 それでも仕事だから、こうして髪型を変え、マスクまでして風邪を偽って、勝つための潜入調査を行っているのではあるが、心の内に潜む微妙な心地はどこか隠しきれずにいた。
 決定的な浮気の証言。
 それさえあれば、私の勝訴は決まるのだけれども、それが証明できないから、私は考えあぐねいていた。
 病院関係者の証言や、原告である妻が整理した物的証拠。どれもこれも、被告の罪を立証してはいるのだが、肝心の浮気相手が口を割らないのと、被告人があれやこれやと嘘の証言を連ねるものだから、有利とはいえど泥沼の中での戦いが続いていたのである。
――、何とかして証言を掴まないと。
 病院関係者から、もはや聞ける事はない。となれば、入院、あるいは通院している患者から何かしら証言を引きずり出し……、可能であれば証言台に立ってもらうしかない。
 このような二人の愛の亀裂に他者を捲きこむのは私としては不服だけれども、それが「裁判」というものである。
 私は話を聞けそうな人物を患者の振りをして探していた。
 しかし、これといった機会に恵まれず、徐々に私の検査番号が近づいていた。今現在123番。私の番号は158番。決して余裕があるというわけではない。
 そんな風に心に焦りが出始めたその時である。あろうことか、被告の浮気人である看護師が通り過ぎるのが見えた。「あ」と声を私が発する前にそそくさと館内の奥へ駈け出しているのが見える。
 私の中のセンサーが叫ぶ。
 何かつかめるかもしれない。
 そう考えた私は、静かに彼女の姿を追いかけた。走りには自信はあるものの、いかんせん距離が遠い。
 下手をしては見つかってしまうし、かといって病院であるからむやみやたらに全速力で走る事はできない。 
 私は焦った気持ちを押え切れず、出来る限り急いで彼女を追った。
 そして、物理的な衝撃を感じたのだった。
 咄嗟に受け身を取る。
 ジャストリバーサルである。
 私に衝撃を与えたと思われる人物を私は見据え、そして驚きの余り私そのままの声を発してしまった。
「あ、貴方はっ!」
 その特徴的なマールーヘアー。私は二ヶ月間、アークスから姿を消した、あの男性の名前を叫んでいた。
 素行調査とは何だったのであろうか、それを思い返すのにそう時間はかからなかった。

  • 最終更新:2015-09-13 20:45:08