呪い

「今度は俺がオフェンスだな」

ゴールから外れたボールを拾って、緑色の髪の女性に投げ渡す。

「ごめんー、次ラストでいいー?」
「もうへばったのか」
「ずいぶん現役離れちゃってるし、もう昔ほどの体力はないよー」

アークスシップ3番艦ソーンの市街地にある、とある体育館で。
中学・高校のバスケ部時代には結局勝ち越すことができなかった幼なじみ相手に、俺は今再び挑んでいた。

「ナイッシュー! 疲れたー、休憩ー」

超えることなどできないと思っていたかつての強敵は、あっさりと白旗をあげて休憩をほしがる。

「今の、休みたいからって手抜いたんじゃないか?」
「そんなことないよー、ちーちゃんがうまくなったのー」
「いい加減、ちーちゃんはやめてくれってば」

ゴールネットを通って落ちてきたボールを拾って、彼女の隣に腰を下ろす。

「ふふ、部活やってたころはこんなふうに休んでたら怒られちゃったけどねー」
「今は部活じゃないから問題ないけどな」
「うん、サクラギ先生厳しかったよねー」
「でもいいコーチだったよ」
「そうだねー、ちーちゃんのお姉さんもときどき差し入れ持ってきてくれてたしー」

不意に姉の話題が出て、心臓に冷水を浴びせられたような気分になる。
まだ、気持ちの整理がつくほどの時間は経っていない。

そんな俺の心情を知ってか知らずか、彼女は続ける。

「お姉さん元気してるー? またおいしいクッキー焼いてほしいなー」

胸が締め付けられて泣きたくなる。
視界の端がにじみ始めて、あわてて上を向いて涙をやり過ごす。

「……イオリは」
「んー?」
「イオリは、なんでアークスになったんだ?」

高校を卒業したあと、彼女は大学へ進学したはずだった。
それがいつの間にか退学して、アークスになっていたのだ。

「俺、それ聞いたとき、すごいびっくりしたんだぞ。そんな気配まったくなかったのに」
「かっこいいから、なんて言ったら、ちーちゃんに怒られそうだねー」
「や、別に怒ったりはしないけど」

彼女とはもう長い付き合いだ。
当然ながら、俺が幼いころにアークスだった両親を亡くしたことを知っている。
任務中に敵にやられたのだそうだ。

そして、彼女はまだ知らないけど、姉も――

「姉ちゃん、こないだ死んだんだ。一人での探索だったって」

まるで呪いだ。
両親もそれぞれ、一人で探索に出たときに殉職しているのだ。

「……そうなんだ」

彼女がこちらを見たのは一瞬だけで、すぐに前に向き直った。

人を亡くすなんて、珍しいことなんかじゃない。
でも、だから平気というわけでも、もちろんない。
心の中に、誰かのために空けたスペースは、その人以外には埋めることはできないのだから。
残された者は、心にぽっかりと空いた穴を抱えたまま、それでも前を向いて歩くしかないのだ。

「なあ、イオリの所属してる隊って、空きあるのか?」
「空きっていうか、入隊希望者は基本的に受け入れてるけどー」
「俺もそこに入れてもらうこと、できるか?」
「入れてもらうって、アークスの隊だよー?」

不思議そうに聞き返すイオリに、カードを手渡す。
前を向いて歩く、そのために手に入れたカードだ。
幸か不幸かアークス適正は高かったから、あれよあれよと正規アークスになったのがつい昨日。

「えっ、これ、アークスカード……? ちーちゃんの?」
「俺も、アークスになったんだ」

俺のアークスカードを手にしたまま、ぱちくりとまばたきを繰り返すイオリ。

「知ってる人がまったくいない隊に入るよりは、一人でも知り合いがいたほうが安心だからな」
「……そう。じゃあ先輩として、いろいろ教えてあげましょうー」

イオリがにっこりと笑う。
俺をからかってくるときと同じ笑顔のはずなのに、この顔は安心するから不思議だ。

「できたら今日にでも面接できるように……あ、ダメだ、私今日用事あるー」
「なんでイオリが用事あるとダメなんだよ。面接受けるの俺だぞ」
「私は面接する側だもんー」
「面接する側って何人かいるだろう」
「いるけど、私がいたほうが安心するでしょうー?」
「いや、いいって、子どもじゃないんだし。早いほうがいいから、今日できるようならお願いしてくれ」
「うーん、そうー?」

彼女の中では、俺はまだ頼りない弟分のままなのかもしれない。
それに異論もなければ、見返してやりたいと思ってるわけでもない。
肉親を三人も失ってなおアークスに志願した理由は、半ばやけくそだったのかもしれない。

「かっこいいから、のほかには理由はなかったのか?」
「うん? ああ、アークスになった理由ー? そうだねー……ちーちゃんが教えてくれたら考えようー」

バカバカしい話だけど、もしこれが本当に呪いで、一家四人が同じ死をたどる運命だったとして。
それでも、なにもせずに逃げ出したりするんじゃなくて……せめて抗いたい。

「俺は……内緒だ」
「えー。じゃあ私も内緒ー」

イオリが楽しそうにころころと笑う。

――恥ずかしい生き方だけはしたくないから。
それが、俺がアークスになる理由。





【中の人より】


  • 最終更新:2015-09-13 20:42:59