フォトンの激流の中で

アスタルテ「――目標、達成ですね」

赤いナビゲータードレスに身を包んだ、女性キャストから通信が入る。
ミリエッタはアークス研修生としてC隊の任務に従事する傍ら、ジョーゼフやバルバラといった教官たちから指導を受け、日々鍛錬に励んでいた。
研修生ながらその進度は一般アークスと肩を並べる程であり、今しがたもアスタルテ教導官の「中級授業」を成し遂げてみせたところだ。

アスタルテ「次の目標はこちらです」

そんな彼女に、アスタルテから次なる目標が示される。

ミリエッタ「こ、これは……」

端末に浮かぶ文字を確認するミリエッタ。
予想外の内容に、その表情は困惑したものへと変わっていった。



【数時間後。惑星ナベリウス上空、キャンプシップ内――】

ロウフル「ふむ…研修生にそれをすすめるとは…なかなか厳しいなー」
チアキ「事実上、正規アークス扱いしてるということかもな」
ミリエッタ「あはは…なんだかんだで、これまでにアスタルテ教導官に課せられた課題は、全部こなしちゃいましたからね…」
チアキ「実力はすでに十分あるわけだし」
ロウフル「認めているってことかねぇ…」

アスタルテから与えられた新たな課題。
それは、“特務先遣調査任務:森林”への参加だった。
ダーカー侵食による原生種の著しい狂化が確認された、ナベリウス特別警戒区域の調査。
一定以上の実力を認められたアークスにのみ出撃が許される任務であり、ミリエッタが一人で成し遂げられるようなものではない。
加えて、該当区域ではフォトンの活動が活発との報告もある。
その点も、ミリエッタにとっては大きな不安の種となった。

途方に暮れる彼女に助け舟を出したのは、チームルームで顔を合わせたチアキとロウフルだった。
事情を話して助力を請うミリエッタと、快諾する2人。
善は急げとばかりに、早速3人は惑星ナベリウスへと向かい……
彼らを乗せたキャンプシップは、特別警戒区域の上空へと到達していた。

ミリエッタ「それじゃあ…森林地域の先遣調査任務、よろしくお願いしますっ」
チアキ「おう」
ロウフル「おう!ピクニック気分でのんびりいこうぜ」

言葉を交わし、テレプールへと飛び込むミリエッタたち。
3人の姿が揺らめく光の中に消え、キャンプシップ内を静寂が支配した。



【ナベリウス大森林・特別警戒区域――】

チアキ「よっしゃ、気合入れていくぞ!」
ロウフル「てことで、しゅっぱーつ!」

緑の大地に降り立つや否や、各々の得物を取り出すチアキとロウフル。

ミリエッタ「っ…?!」

一方、ミリエッタはびくりと身体を震わせ、落ち着かない様子で周囲を見渡していた。
ロウフルは駆け出そうとした足を止め、彼女を気遣う。

ロウフル「って、どうした?早速か?」
ミリエッタ「この区画…やっぱり、フォトンの感じが少し違います、ね…。
      上手く言えないんですけど…強いて言うなら、“フォトンが濃い感じがする”でしょうか…」

ロウフルの問いに、ミリエッタが怪訝な表情で答える。
特別警戒区域のフォトンの異質さを、早くも感じ取っているようだった。

チアキ「ミリエッタにはわかるんだな。俺にはさっぱりだが」
ロウフル「みたいだな…オレもさっぱりだぜ」

ミリエッタの言うフォトンの濃さについては、チアキもロウフルも実感できてはいない。
しかし、彼女のフォトンに対する敏感さは、2人ともよく理解していた。

チアキ「まあ実際活発みたいだしな、気をつけていこうか」
ロウフル「そうだな、しっかりフォローしながら行くか」

ミリエッタに負担が掛からないよう、細心の注意を払いながら進むチアキたち。
だが、人の背丈ほどの茂みに囲まれた道へと、足を踏み入れたその時。
けたたましい叫び声と共に、暗緑の中から無数の影が躍り出る。
金色の猿の姿をした原生種、ウーダンの群れだ。


ウーダンたちに取り囲まれた3人は、それぞれの武器を構えて臨戦態勢を取る。
先陣を切るのは、大剣を手にしたチアキ。
振り下ろされた爪を刃で受け止め、大猿の腹部に強烈な蹴撃を叩き込む。
吹き飛ばされた獣は、大樹の幹に背中から激しく叩き付けられ、その動きを止めた。

ロウフルはガンスラッシュをガンモードに切り替え、遠距離戦を展開する。
銃声と閃光が注意を引き、多数のウーダンが彼へと迫るが、鮮やかな速射で寄せ付ける事なく屍を積み上げていく。
1匹のウーダンが、他の仲間たちを盾にしながら、ようやくロウフルの元に辿り付く。
が、次の瞬間にはソードモードへと転じた銃剣のフォトン刃に、その身を貫かれていた。

ミリエッタは紅蓮の炎を操り、襲い来る敵を迎え撃つ。
極度の狂化により並外れた生命力を得た原生種は、ウーダンと言えども易しい相手ではない。
灼熱の緋に包まれながらも衰える事のない攻勢に、徐々に圧されていくミリエッタ。
しかし、彼女の表情に焦りは窺えない。
仕留め切れずとも、持ち堪えることさえできれば……

少女の眼前まで迫っていたウーダンが、突如大きく身体を仰け反らせ、その場に崩れ落ちる。
その向こうには、援護に駆け付けたチアキとロウフルの姿。

――よく耐えたな、上出来だ。

視線でそう告げ、踵を返す彼らの背に、ミリエッタは支援テクニックで応える。
補助を受けて勢いを増した2人は、残るウーダンの輪へと飛び込んでいった。


両手の指に余る数の獣たちも、3人の連携の前に、見る見るその数を減らしていく。
程なくして大剣の刃が最後の1匹を捉え、勝敗は決する事となった。
そして、その瞬間。

ミリエッタ「ひぅっ!?」

地に伏したウーダンから眩い光が溢れ出し、光の柱となって蒼穹に吸い込まれていく。
フォトンの励起、PSEの発生――
その余波に、ミリエッタが思わず身を竦ませた。

ミリエッタ「少しの戦闘で、こんなにもフォトンが騒ぎ出すなんて…」

怯えた瞳で、辺りを見渡すミリエッタ。
端末に表示された環境フォトンの計測値は、早くもPSEレベル4の域を示している。

ロウフル「おぉう…結構すごいことになってるみたいだな…」
ミリエッタ「だ、大丈夫…少しびっくりしただけ、です…」

心配そうに見つめるロウフルに対し、ミリエッタは気丈に振舞う。
だが、アークスが戦闘を行う以上、PSEの発生は避けられない。
僅かな刺激でも激しい励起を起こすフォトンを目の当たりにし、彼女の心には不安の影が重く圧し掛かってきていた。


ミリエッタ「はぁ…ふぅ…かなりの濃度のフォトンが漂ってる…
      こうしているだけでも、全身が火照って…」

幾度かの原生種との交戦の後。
PSEの値は変動を繰り返しながら徐々に上昇し、レベル6へと達していた。

チアキ「大丈夫か?無理はするなよ」
ミリエッタ「は、はいっ…」

チアキの言葉に、苦しげな表情で応えるミリエッタ。
高いエネルギーを持ったフォトンが次々と彼女に流れ込み、身体の不調を引き起こしていた。
意識を集中し、周囲のフォトンの活動を抑えるよう干渉を行うが、フォトンの流入は止まらない。

ミリエッタ「んぅ…っ…フォトンの扱いは、だいぶ上手になったと思ったのに…」

小さな身体の中で、流れ込んできたフォトンと少女のフォトンが、互いにぶつかり合って熱を生む。
頭の中にノイズが走り、鈍い痛みと耳鳴りが絶えず襲い掛かる。
ミリエッタは大きく1つ息を吐き、天を仰いだ。

ロウフル「おいおい大丈夫か?身体冷やすか?」
ミリエッタ「…………」

ロウフルの問いに、ミリエッタは答える事無く、呆然と虚空を見つめていた。
そして、空を見上げたまま、ぽつりと呟く。

ミリエッタ「ぁ…フォトンの流れが、見える…?」
ロウフル「ん?見える?」

不可解な事を言うミリエッタに、ロウフルがオウム返しに問う。

ミリエッタ「この場所のフォトンが濃いせい…?
      辺りに漂ってるフォトンが…私たちの頭の上で渦巻いてるフォトンが、はっきりと感じられます…」

フォトンが見えると語ったミリエッタだが、実際に無色透明なフォトンを視覚情報として認識できていた訳ではない。
それでも、“見える”という表現を用いてしまう程に。
彼女には、今この場に漂うフォトンの流れが、波長が、鮮明なイメージを伴って感じ取れたのだ。

ロウフル「ふむ…チアキはなんかわかるか?」
チアキ「いや、まったく」
ミリエッタ「凄い量…凄い勢い…」

理解の追いつかない男性陣2人を他所に、緊張した面持ち空を見つめ続けるミリエッタ。

ロウフル「そんなにすごいのか?」
ミリエッタ「ええ…。フォトンの扱いがいくら上達したって…こんなの、抑えられるはずがない…」

そう――
彼女が“見た”フォトンの流れは、人間のフォトン操作能力で制御できる領域を容易に超えていた。

アークスになってフォトン操作技術を磨き、周囲のフォトンを思うままに操る事ができるようになれば。
幼い頃から悩まされてきた自分の体質も乗り越えられると、そう考えて今まで頑張って来たのに。
そもそもの前提が間違っていた。
これだけの激しさを持つフォトンを抑え込むなど、到底不可能だったのだ――

歩んできた道が閉ざされた現実を、突き付けられた瞬間。
しかし、少女の顔に絶望の色はなかった。

ミリエッタ「でも…だけど。
      これだけしっかりフォトンの流れが見えていれば…っ…」

それは、単なる思い付き。
それでも、不思議と確信じみたものがあった。
フォトンの流れを“見た”その時に、欠けていたパズルのピースが埋まるかの如く、脳裏に浮かび上がった答え。

ミリエッタ「私の中のフォトンを…辺りのフォトンの流れに合わせる事だって、できるはず…」

ミリエッタは目を閉じ、再びフォトンの操作に意識を向ける。
今度は周囲のフォトンではなく……己が身体の、内なるフォトンへと。
そして、辺りに漂うフォトンを取り込むかのように、彼女は大きく息を吸い込んだ。

ロウフル「え?おいおい無茶はあんまりするんじゃねぇぞ」
チアキ「自分を周りに合わせてしまう…逆転の発想だな。
    だが、大丈夫なのか?」

ミリエッタの様子を、心配そうに見つめるチアキとロウフル。
穏やかな日差しが降り注ぐ中、少女はゆっくりと目を開き、静かに微笑んだ。

ミリエッタ「身体の火照りが引いてきてる…頭も、痛くない…」

その姿に安堵するチアキたち。
だが、不意に視界が陰り、彼らは慌てて頭上を見上げた。
陽光を遮ったものの正体は、上空を飛び交う幾つもの翼。
いつの間にか近づいていたアギニスの群れが、彼らを取り囲むように弧を描いていた。

ミリエッタ「…大丈夫です、行きましょうっ」

導具からカードを取り出し、身構えるミリエッタ。
チアキとロウフルも各々の武器を手に取り、彼女を護るように前へ出る。



白銀に煌く刃が、空を疾る銃弾が、螺旋を描く炎が、次々とアギニスたちを打ち落としていく。
同時に、迸るフォトンが光を放ち、逆さまの滝となって空へ流れ落ちていく。
目まぐるしい変化を見せる、環境フォトン計測値。
その値はついに、PSEバーストを引き起こすレベル8へと到達した。

ミリエッタ「来る…!?…でも、見えるっ!」

大気が沸き立つような感覚。
押し寄せるフォトンの奔流。
激しい波に飲まれながらも、ミリエッタはその流れを感じ取り、己のフォトンを同調させる。

ミリエッタ「んっ…くぅっ…!
      拒んだって、流れに押し流されるだけ……
      もう、怖がらない…!」

今までのように押さえ込もうとするのではなく、受け入れる。
膨大なフォトンが流れ込むのを感じるが、それらは体内のフォトンと衝突する事なく、身体を素通りしていく。
そればかりか、通り抜けるフォトンを追い風として自らの意思を解き放てば、いつも以上の力が湧いてくるような気さえした。
PSEバーストの発生にも関わらず、変わらず戦闘を続けるミリエッタ。
チアキたちは信じられない光景を目の当たりにしながらも、すぐに理解した。
彼女は、己の体質を克服したのだ。

チアキ「問題ないようだな」
ロウフル「どうだ、ミリィ、いけそうか?」
ミリエッタ「はいっ!大丈夫…!」

フォトンの激流の中を、彼女は軽やかに舞い踊っていた。



ミリエッタ「…はぁっ…ふぅ…っ…
      あは…あははっ!やりました、私っ…」

すべての怪鳥が地に堕ち、フォトンの沈静化と共に静けさを取り戻した森の中。
最後まで、荒ぶるフォトンに屈する事無く戦い抜いたミリエッタは、歓喜の声を上げていた。

ロウフル「だな、ずっとしっかり立ててたな!おめでとさんだ、ミリィ」
チアキ「克服したな、おめでとう」
ミリエッタ「はいっ、ありがとうございます…!」

彼女は興奮した様子で、チアキたちに語る。
PSEバーストの中でも、周囲のフォトンの動きがはっきりと感じ取れたこと。
自分の中のフォトンを、その流れにシンクロさせたこと。
そして、押し寄せるフォトンを抑えようとするのではなく、受け入れたこと。

ロウフル「逆らうことなく、受け入れるようにしたってとこか…」
チアキ「俺には何がなんだかさっぱりだが、ミリエッタの中で解決できたのならよかった」
ロウフル「だな」

極めてフォトンに敏感な、ミリエッタならではの世界。
チアキたちに理解できたのは、その話の半分程度だったが、それでも彼女が1つの壁を乗り越えたことは間違いない。
小さな後輩の大きな成長に、2人とも自然と笑みがこぼれた。
そんなチアキとロウフルに向き直り、背筋を正すミリエッタ。

ミリエッタ「フォトンの濃いこの場所だからこそ、分かった事なんです。
      お二人が一緒に来てくれたから…この先遣調査に出る事ができました」

そして、ぺこりと頭を下げる。

ミリエッタ「ホントに、ありがとうございました…っ…!」

ロウフル「…でも、克服するに至った発想と、フォトンに向き合う覚悟は、ミリィの力だ。
     だから、このことは誇ってもいいと思うぜ」

その様子に、ロウフルが優しい声で言葉を掛ける。
彼の言葉に頭を上げたミリエッタは、目に涙を溜めながら微笑んだ。

ミリエッタ「は、はいっ…ありがとう、ございます…!」



チアキ「まあ問題は一つ片付いたが、ここが危険区域であることには変わりがない。
    気をつけて進もう」

話が一区切り付いたところで、チアキが静かに任務の続きを促した。

ロウフル「おぉっと、そういやそうだったな。
     んじゃ、再開すっか!」
ミリエッタ「…はいっ!」

ロウフルとミリエッタも気を引き締め、森林の奥へと視線を向ける。
先遣調査任務を完遂すべく、3人は深緑の中へと駆け出していった。



過剰なフォトン感応による身体機能の失調……ミリエッタは遂に、その苦難を乗り越えた。
フォトンとの調和という答えを見出せたのは、仲間の支えがあったからこそ。
彼女はこれからも、その仲間たちと共に歩んでいく。
少女がアークスとして宇宙に羽ばたくまで、乗り越えるべき壁は、あと僅か――

  • 最終更新:2015-09-14 01:14:08