ナゴミst6「担当医からの手紙」

「それでね、よくしらない女の子だと思ってたらハミューだったの。髪の色もピンク色で本当に女の子みたいでかわいくてきもかったわ。……ねえ聞いてる?」
「ああ、うんうん、ちゃんと聞いてるよ」

 検査結果をカルテに書き込みながら答える。

 経過は順調だ。
 当初懸念していた異常は起きていないらしい。

「ハミューくんはそんなにかわいい顔してるのかい? 女の子みたいだなんて」
「うん、マヨマヨしてる感じ」
oO(ナヨナヨかな?)
「こないだのハロウィンのときも女の子みたいだったし!」
「女の子みたいな仮装だったのかい?」
「んー、そういうわけじゃないんだけど……でも女の子みたいだったわ!」
「ナゴミちゃんは、ハミューくんが女の子みたいだと困るのかい?」
「べ、別に困るわけじゃないけど……でもきもいもんっ」

 この子が話すことといったらひとつだけ。

「はは、ナゴミちゃんはハミューくんのことが大好きなんだね」
「んなっ!? えっ、ち、ちがっ……ちがうわよっ!! なんでそうなるのよっ!!」
「だって、いっつもハミューくんの話ばっかりじゃないか」
「ちがうわよ!! あいつはあたしが見ててあげないと心配だからよ!!」
「心配するのは好意があればこそ、じゃないかな」
「べ、別に好意なんてないわよ!! 心配もしてない!!」

 自分で心配だと言ったばかりなのに、なんて、おかしくて笑ってしまった。

「……ま、まあ、最近はまあまあだし、心配なんてしてないわよ」
「まあまあ? 頼れる感じになってきたってことかな?」
「うん。ちょっとだけよ? ほんんんんんのちょっとだけ。なんかね、最近勉強始めたんだって」
「へえ、勉強?」
「うん、キャストこーがく? とかいうの。あたしのために生体ボディ作ってくれるんだって! 安く作れるって!」
「キャスト工学……生体ボディ!?」

 はっとした。

 考えてみれば当然のことだった。
 この子が自分の病気について理解しきれてない今、まだ話すべきではないと避けて通った道。

 その先にぽっかりと大きな口を開けていた落とし穴。
 この子がキャストの身体のことで頼る相手はこの病院だけだと思い込んでいた。

「エノシマ先生? どうかしたの?」
「……ああ、いや、なんでもないよ」
「それでね、それでね、ハミューがエノシマ先生に会って話したいって」
「そう……そっか」

 この幼い少女が、自らの機械の身体に悩み、生身の身体を懐かしんでいることは知っていた。
 知っていたが、どうすることもできなかった。

 話すべき時がきてしまったのだろうか。
 私は……話すことができるだろうか。

 この幼い少女に。
 この少女とおそらく同年代の幼い少年に。



 ――生体ボディを手に入れることは、不可能なんだよ、なんて。









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 ハミューくんへ。



 本当なら会って話をするべきところかもしれないけれど、どうか手紙で許してほしい。

 君がナゴミちゃんのために生体ボディを作ってあげると聞いて、嬉しかった。
 彼女がずっと生身の身体に戻りたがっていたことは知っていたからね。
 私も、できることならそうしてあげたかった。

 ナゴミちゃんが持って生まれてしまった病、CPDS(先天性フォトン漏出症候群)は、
 例えるならカップの底に穴が開いてしまっているようなもので、体内のフォトンがどんどん外にこぼれていってしまうんだ。
 まだ臨床例がとても少なく、有効な治療方法が見つかっていない。

 彼女が使っているパーツは、外観や基本性能こそ量産品と同じものだけど、
 漏れ出してしまったフォトンを補うため、タンクのような特殊な装置が内蔵された特別製なんだ。
(一般的なキャスト用パーツより高額なのはこのせい。)

 この装置自体がかなり大型で、生身の身体に埋め込むことができない。
 加えて、常に多大な電力を消費するので、大型のバッテリーが必要なんだ。

 私は、現代のキャスト工学、医学、エネルギー工学の観点から、彼女に生体ボディを作ることは不可能だと結論せざるを得なかった。
 一応、参考資料をいくつか同封しておく。
 これを見て、君もまた不可能だと思うのか、それとも困難を押してなお挑むと言うのかわからないけれど。

 願わくは、未来が明るくあるように。



 ソーン西区中央総合病院 キャスト外科 担当医 エノシマ

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【いくつかの資料が同封されている。】

・CPDS、先天性フォトン漏出症候群(Congenital Photon Diapedesis Syndrome)の臨床例 4件。
 1件目と3件目は、いずれもキャスト化するも、10代半ばで亡くなっている。それぞれ男性と女性。
 2件目は、キャスト化手術の直前に7歳で亡くなった少年の例。
 4件目は、9歳でキャスト化した女性。経過観察で、自然治癒が確認された。理由は不明。交通事故で他界。84歳。

・論文 3件。
 医学論文。CPDSについて。特効薬、治療法ともになし。フォトンを溜め込む装置を使用した対症療法が報告されている。締めに、完全治癒の手段があるはずだと筆者の意見が述べられている。
 キャスト工学論文。フォトンを蓄える装置について。現在の技術レベルでは小型化は困難なようだ。締めに、代替手段があるはずと筆者の意見が述べられている。
 エネルギー工学論文。バッテリーについて。フォトンを蓄える装置に一日エネルギーを供給し続けるためには、やはりかなり大型になってしまうようだ。

 3件の論文は、機関も研究チームメンバーもバラバラだが、すべての論文に共通して「ツカサ・エノシマ」の名前がある。
 同一人物か同姓同名かは不明。

  • 最終更新:2015-11-26 00:03:41