イオリst6「ヤキモチ、ヤキモチ、そして」

 サポートパートナーの朝は早い。

「起きて、ほら、朝だよー……」

 ゆさゆさと揺り起こされる。

 背中側から全身を包み込むような温かさは、私のマスター、イオリさん。
 うっすらと目を開けるとそこに立っているのは、一緒に住むチアキさんのサポートパートナー、イヴさんだ。
 彼女も寝起きのせいか、声にいつもの元気がない。

「んんー……ふぁああああ……」

 あまりの眠さに思わずあくびが出た。
 私をうしろから抱きしめたまま眠るイオリさんは、朝の安眠をじゃましにきたイヴさんなどいないかのように眠り続ける。
 私と一緒に起こされてるのになぁ。

「ふぁぁ……イオリさんお願いー、私顔洗ってくるねー。もう8時すぎちゃったよー」

 イヴさんが私にあとを任せて部屋を出た。
 冒頭に誤った表現がありましたことをお詫びして訂正します。サポートパートナーの朝はけっこうゆっくり。

「イオリさん、起きてください、イオリさん」

 ゆさゆさ。ゆさゆさゆさ。

「すぅ……すぅ……」

 まったく効果がない。
 私のマスターながら、毎朝毎朝よく起きないものだと思う。

「イオリさん、起きてくださいってば! 朝ですよ!」
「んん……んー……」

 わずかに反応あり。

「イオリさん、イーオーリーさんっ」
「んんー……? んー……んー……すぅ……」
「ね、寝ないでくださいー!」

 ふと思い出して、宮棚に乗っている目覚まし時計を手に取る。
 鳴った記憶がない。

「あれ、止まってる……」

 ゆうべオンにしたはずなんだけどなぁ。

 じりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりっ
 スイッチを入れると、けたたましい音が鳴り響く。

「イオリさん、起きてください、イオリさん」
「すぅ……すぅ……」

 この騒音の中、寝息がまるで乱れないのはある意味すごい。
 イオリさんの顔にかかった前髪を指先で軽く払い、そのままほっぺをなでる。

 気持ちよさそうな、規則正しい寝息。
 その寝顔を眺めながら髪をなでていると、なんだかこちらまで眠くなってきてしまう。

「ふふ、かわいい……」

 普段はぎゅーってされたりなでなでされてかわいがられる側の私だけど、この時間だけは逆。
 私のマスターはいつもはお姉ちゃんみたいなのに、毎朝この時間だけ妹みたい。

「イオリさん起きたー?」
「あ、ううん、まだです」
「毎朝手強いねー……」

 ベッド脇までくるイヴさん。

 大好きなお友達がいて。
 大好きなマスターに抱きしめられて。

 これが幸せなのだと、ずっと思っていた。

「イヴちゃん」

 イオリさんが急にむくりと起き上がる。

「!?」
「わ、い、イオリさんっ」

 私を抱きしめたまま、かたわらにいたイヴちゃんも抱きしめて、

「……すぅ……」
「わっ、わっ」
「ね、寝ちゃった?」
「み、みたい、ですね」

 ベッドに座った体勢のまま、ふたたび夢の世界に旅立っていった。










「んー……むー……」

 イスに座ったイオリさんが、ぼけーっと眠そうにうなる。
 食パンを口にくわえてるけど、さっきからまったく減ってない。

「イオリさん、お行儀悪いですよー」
「んー……」

 もごもごと少し動いた。

「ちーちゃんは?」
「あれ? イオリさん聞いてないー? かすみさんと旅行にいってるよー」
「あ、そっか……」

 もぐもぐと口を動かしながら、はちみつをパンに塗っていくイオリさん。
 珍しい……いつもは朝ごはんをまともに食べるのはおろか、半分眠ったまま出かけていくくらいなのに。

「……やっぱり、寂しいですか?」
「え、私? あ、ううん、平気だよ。ちーちゃんにもかすみさんにも、一週間もすればまた会えるようになるんだから」
「そうじゃなくて……帰ってきたら、チアキさん、引っ越しますよね?」
「……うん、平気。アークスになってこっちきたばっかりのころだって、ちーちゃんはいなかったんだから」

 いつもどおりの笑顔……だけど。

「……そうですか」

 やっぱり、元気ないみたい。










「あれ……? イオリさん、チアキさんのお部屋にご用ですか?」
「え? ……あ、ああ、うん、ちょっとお掃除……」
「お掃除? さっき終わったって言ってましたよね?」
「うぇっ!? え、えっと……や、やり残してたところがあったから……」

 逃げるようにチアキさんのお部屋に入っていくイオリさん。
 やり残してたところって、これでもう3度目なのにな。

「やっぱり、寂しいのかな……」










「ちーちゃん、ごはんできたよー。ちーちゃんー?」
「イオリさん、チアキさんは旅行中で……」
「え? あ、そ、そうだったねっ」

 エプロンを外しながらキッチンを出ていくイオリさん。

「…………」

 私は、どうなんだろう。

 サポートパートナーとして、イオリさんのところにきて。
 初めて会ってすぐに抱きしめられたときはびっくりしたし恥ずかしかったけど、いつの間にかそれが当たり前になって。
 そのあと、チアキさんとも一緒に暮らすようになって、イヴちゃんがきて。

 二度と会えなくなるわけじゃない……けど、やっぱり一緒に暮らしてなければ毎日顔を見るわけでもない。

 ましてや、イオリさんにとってチアキさんは20年も一緒にいた人で、弟みたいな子っていってた。

「イオリさんっ」
「わっ、え、エリーゼちゃん?」
「元気出してください、私はチアキさんの代わりになれるわけじゃないけど……ずっとあなたのそばにいますから」

 ぎゅうっと抱きつく。
 それに応えるように、優しい手がぽんぽんとあやすように私の背中を叩き、頭をなでてくれる。

「寂しかったら、寂しいって言っていいんですからね?」
「ありがとう、エリーゼちゃん」

 イオリさんは少し逡巡したみたいだったけど。

「……寂しいのもあるけど、ほんとはちょっと嫉妬もしてるんだ」
「嫉妬? チアキさんをかすみさんに取られちゃったからですか?」
「それもだけど、かすみさんもちーちゃんに取られちゃったから」
「かすみさん?」
「うん。だって悔しいじゃない? 私のほうが先にかすみさんと仲良くなったのに、あとからきたちーちゃんに取られちゃうなんて。逆もそうなんだけどね」
「あっ……!」

 思い出した。

 イヴちゃんがきたときのこと。
 イオリさんが例によってぎゅーっと抱きしめてかわいがって。

 私は、ヤキモチを妬いていた。
 私のマスターなのに、私のほうが先に仲良くなったのに、と。

「きっと時間が解決してくれるから……だから、大丈夫だよ」

 頭をなでられて、私は何も言えなかった。

「ほら、イヴちゃんもこっちおいでー」
「……私お邪魔かと思ったじゃない、もー!」

 物陰に隠れていたイヴちゃんがととととっと駆け寄ってきて、私と一緒にイオリさんに抱きついて甘える。
 それをちょっと苦笑しながら見つめて。



 あれ?
 今は、嫉妬してない。



 出会ったばっかりのころは確実にしてた。
 それははっきり覚えてる。
 でも、今はしてない。

 いったいいつの間にだったんだろう……。



 ――時間が解決してくれるから。



 確かに、それはきっとそうなんだろう。
 でも、それはいったい……いつのことになりますか?
 それまで、独りで抱え続けるつもりですか?

「イオリさん」
「んー? なあにー?」
「……なんでもありません」
「そう? ふふ、変なエリーゼちゃんー」

 私のマスターは、決して弱い人じゃありません。
 わがままでマイペースだし、どちらかといえば他人を振り回すタイプの人です。

 でも、ときどき感じるのです。
 とっても甘えん坊で泣き虫なのに、とっても甘え下手で涙を見られるのを嫌がるのです。

(私じゃ、ダメなのかな……)

 私以外の誰かに、そんな役目を任せるのはすっごくヤキモチを妬いちゃうけど。
 誰かいてくれたらいいのに、と、なでられながら思ったのでした。

  • 最終更新:2015-09-15 00:59:16