イオリst5「壁の外へ」

ルリ 「……その、イオリ?」


    チームのみんなで任務に出たあと。
    ロビーでお話して、ルリをぎゅーってしてたときに、ルリが私だけに聞こえるような小声で話しかけてきた。


イオリ「はい? どうかしたかしらー?」
ルリ 「……ちょっと、聞きたいことがあって……今すぐじゃなくてもいいんですが。お時間、どこかでとれますか?」
イオリ「ルリが時間あるならすぐでもいいですけどー……?」


    ルリから話。
    どうも自分の悩みを相談、というふうにはとても見えなくて、ふと、まったく思い当たることがないことに気づく。
    どちらかというと、他人の……私の心配をしているように見えたから。


ルリ 「私は大丈夫です。……じゃあちょっと、このあと……そちらのお部屋に伺いますね」
イオリ「ええ、わかりましたー」


    そして、私のお部屋へ。


イオリ「いらっしゃいー」
ルリ 「うわあっ ……これは……」
イオリ「ふふ、いつだったか誰かがたくさん置いていったのですよー」
ルリ 「……ラッピーテロですか……」
イオリ「かわいいのでそのままにしてあるのですー」
ルリ 「可愛い、というか……圧巻……」
イオリ「これだけいると、そうですよねー」
ルリ 「辺り一面黄色です……」


    入口付近に絨毯爆撃されたラッピードールに驚くルリ。
    そういえば、これがテロされてからお部屋に呼ぶのは……というか、私のお部屋に呼ぶの自体が初めてかな?


イオリ「あ、どうぞ、おかけくださいー」
ルリ 「っと、と。そう、えっと、お話でしたね」
イオリ「まじめなお話だったら、音楽消しますがー」
ルリ 「あははは……。……その方が良いかも」


    常時かかっているにゃんこの音楽を消して、ルリと差し向かい。


ルリ 「失礼します……」
イオリ「ルリから改まったお話なんて、なんだか緊張しちゃいますねー」
ルリ 「あはは、改まったと、いうか。……」
イオリ「というか?」
ルリ 「イオリ、最近……何か、なかったですか?」
イオリ「……何か?」
ルリ 「……うん。単刀直入がいいですね。……レンさんと」
イオリ「っ……い、いえ、特に何もー」
ルリ 「…………本当に、何も?」
イオリ「…………」


    ずばりと、ここに斬りこんでくるとは思いもよらなかった。
    どきりと跳ねた心臓を、ルリにバレないように深呼吸して落ち着ける。


ルリ 「…………うそは、嫌です。イオリ」
イオリ「…………」
ルリ 「……イオリにとって、何でもないことだった、なら。……話は別ですが」


    レンくんとの間にあったこと。
    何でもないこと、とは到底言えなかった。


イオリ「……あったといえば、ありました」
ルリ 「…………」


    ルリがじっと耳を傾けているのがわかる。
    でも、当の私のほうは、何をどう話せばいいのかわからなくなってしまう。


イオリ「なんて、言ったらいいのかな……」
ルリ 「……ゆっくりで、いいです、よ」
イオリ「……レンくんにはある「望み」があったのですけど……私が、それを断ってしまったというか……」
ルリ 「……望み? …………ああ……」
イオリ「そんな感じ、かな……」
ルリ 「……そう、ですか」


    ルリの口が軽いとは思わないけど。
    どうしても、隠して、ぼかした表現になってしまう。


ルリ 「…………どうして、断って?」
イオリ「ええっと……なんていうかー……」
ルリ 「……レンさんでは、ダメでしたか?」
イオリ「……うぇっ!?」


    一瞬ルリの言葉を受け入れかけた頭が、それはおかしいということを主張する。
    だって、ルリは何があったか知らないはずなのに!


ルリ 「……あはは」
イオリ「い、いえ、レンくんの望みが……いや、あれ?」


    首を傾げ、苦笑するルリに、うまく言葉が返せない。


ルリ 「……さしずめ、好きですとか付き合ってほしいとかそういうことでしょう」
イオリ「えっ? な、なんで知っ……あっ!?」


    どうして、ルリがそれを知っているのか。
    その疑問を彼女に投げかけることはすなわち、それが「あった」ことを認める態度。
    ダメだ、もう完全に隠せない。


イオリ「……えっと……」
ルリ 「……レンさんが、前からイオリのこと好きだったのは、勘づいてたし。……少し前。レンさんと一緒だったから」
イオリ「…………。 ……そう、です。 ……いえ、少し違う……のかな?」
ルリ 「……少し?」
イオリ「レンくんの気持ちは、たぶんそういうことなのでしょうけど……あのときのお話は、」
ルリ 「…………」
イオリ「……「守りたい」と」
ルリ 「…………守りたい、ですか」
イオリ「それを、断ったのです。 ……いえ、その前に、お付き合いのほうも断った……のかな」
ルリ 「…………嫌、でしたか?」
イオリ「嫌なわけじゃ……ないのですけど……」
ルリ 「…………けど……?」
イオリ「私は、レンくんにそういう気持ちを持ってなかったので……」
ルリ 「……」
イオリ「私にとっては、レンくんは、かわいい後輩で……まあ、実力はあっという間に追い抜かれちゃったのですけど」


    苦笑混じりに話す私の言葉を、じっと黙って聞くルリ。


イオリ「それに、レンくんとは、そんなにたくさんお話してたわけでもなかったですから……。 本当に、数えるくらいしか、ね……」
ルリ 「……じゃあ、ちょっと……困っちゃった、の方が、近い……のかな」
イオリ「……ええ、そうですね。私自身が彼のことを知らないですし」
ルリ 「……です、し?」
イオリ「彼の気持ちも、本当に私のことを見て、知って、その上で持ったものなのかな、なんて……。 ……ちょっとだけ、疑ってるところもあります」
ルリ 「……そう、でしたか」
イオリ「ただ外見が好みだったからとか、ちょっとだけ優しくしてくれたからとか、そんな理由なんじゃないか、って……」
ルリ 「……本当の自分を、見てないんじゃないか」
イオリ「……別に、重大な秘密を持ってる、とかじゃないんです。 なんて言ったらいいのかな……」
ルリ 「…………」


    ルリは微かに頷きながら、私の言葉を待っている。
    でも、なんだか上手に言葉にできない。


イオリ「……ごめんなさい、なんだかうまく言えないですー」
ルリ 「……」
イオリ「ただ……なんとなくですけど。 ……今まで、私に告白してきた男の子たちと、同じなんじゃないか、って……そんな気がしちゃって」
ルリ 「……皆、ちゃんとイオリを見てなかった、ですか?」
イオリ「……そう、ですね。 彼らが好きだったのは……」
ルリ 「…………」
イオリ「彼らが頭の中に思い描いた「イオリ」であって、私ではない……。 そんなふうに、感じた……かな」
ルリ 「……本当の自分を、好きになってもらいたい、ですか」
イオリ「……ええ、もちろん」
ルリ 「……イオリは、本当の自分。どれだと、思います?」
イオリ「え……?」


    急に質問されて、思わず言葉に詰まる。
   「本当の自分を見てほしい」、そう言いながらも、私はその答えを持ちあわせていなかった。


イオリ「えっと……」
ルリ 「ふふ。……いつもは、優しくて、皆のことを良く見てて……見すぎてて、ちょっと踏み込みすぎちゃう節もある。 ……本当は、そうじゃない?」
イオリ「……どう、なのかな……」
ルリ 「……私、は。全部、イオリの本当だと思います。……でもそれって、良い面ばかり、なんですよね」
イオリ「ええ、そうですね」
ルリ 「…………私。……イオリの、悪い面は。……全然、見てません」
イオリ「…………」
ルリ 「……もっと、嫌なとこあったって、良いのに」
イオリ「る、ルリだって、そういうところ、見せてないでしょう? 私、見たことないですよ?」
ルリ 「私? ……んん……私は、そうですね……」


    苦し紛れのような私の反撃に、ルリが少し考えこむ。


ルリ 「…………最近気づきましたが、ものすごく甘えたで、やきもちやきです」
イオリ「あら、ふふ、そうなのですねー」
ルリ 「……この、何かを殺すときの無感情も、治らないままです」
イオリ「…………」
ルリ 「……嫌いに、なりますか。私のこと」
イオリ「いいえ、なりませんよー」


    だってそれは、私が大好きなルリの一部なんだもの。
    嫌いになんてなるはずがない。
    むしろ。


イオリ「逆に、もっと好きになりますー」
ルリ 「……ふふ。きっと……私も、同じです」
イオリ「あ……ぅ……」
ルリ 「…………イオリ。もっと、知りたいです。良いところも悪いところも。……もっと、好きになりたいから。 ……だから。自分で……なんて、いうのかな。 ……いい自分だけを、見せて。それで……壁を作って。その中で、ひとりにならなくたって、いい」


    壁を作って、一人に。
    私はずっと、そうしてきたのだろうか。

    こんなにたくさんの人が周りにいるのに、ずっと感じていた孤独感。
    この壁こそが、その正体だったのだろうか。


ルリ 「……悪いイオリだって。私、きっと、大好き」
イオリ「…………」


    ああ、そうなんだ。

    私が、ずっと。心の底からほしがっていた言葉は。
    これ、だったのかもしれない。

    ずっと昔、ちーちゃんに言われて。
    ついこの間、レンくんにも言われて。

    そして今、ルリにも言われた。


イオリ「……はぁ」


    もう隠せない。
    いや、隠さなくていいんだ。

    半ば諦めたような調子で出たため息はしかし、なんだかほっとしたときのため息のようでもあった。


ルリ 「……あはは。……いやなことばかり、言ってみました」
イオリ「……レンくんにも、似たようなことを言われました」
ルリ 「……レンさんも?」
イオリ「「どうして自分の深い部分に触れられないようにするのか」って」
ルリ 「…………」
イオリ「もっと言えば、ちーちゃんにも、昔言われました」
ルリ 「チアキさん……」
イオリ「「他人に弱い部分を見せないのか?」って。 何度言われても、わからないんです、私……」
ルリ 「…………ん……」
イオリ「だって、そんなつもりなんてこれっぽっちもないのですから」
イオリ「私は、自分の気持ちに正直に生きてる……そう思ってるのに、どうして……周りの人たちはそう言うのか……」
ルリ 「……」
イオリ「何一つ我慢なんてしてないし、強がってもいない……そのはずなのに。 そう、思われちゃうみたいです……」


    ゆっくり、頷きながら聞いていたルリが、口を開く。


ルリ 「…………イオリ」
イオリ「はい……?」
ルリ 「……レンさんに、守りたいと言われて。断って……その時は。……苦しく、なかったですか」
イオリ「っ……」
ルリ 「……痛く、なかったです、か?」
イオリ「……苦しかった、です……」
ルリ 「…………」
イオリ「胸の奥が、とっても痛くて……。 息が詰まりました」
ルリ 「…………ひとりで、どうにかするの。辛くはなかった、ですか」


    とっても辛かった。確かに。
    でも。


イオリ「……大丈夫ですよ、何度も経験したことですから。 それに、誰かに頼るようなことじゃ、ないでしょう? ……私の、問題なんだから……」
ルリ 「……そんなことない。 ……私だったら、耐えられない。人の心を、無下にするような真似をするの。きっと、苦しくて。 ……イオリは、優しいから。……私より、ずっと、きっと、つらい」
イオリ「…………」


    ルリのことを見ていられなくなって、思わず目を伏せてしまう。


ルリ 「……確かに、決着をつけるのはイオリ、だけ、ど。……誰の手も借りちゃいけないなんて、そんなこと、絶対ない」
イオリ「……で、でも……」
ルリ 「……そんな、の。……私は、イオリを安心させて、あげられない?」
イオリ「そ、そんなことないっ。 け、けど……。 その……。 …………」
ルリ 「……安心するの、手伝わせて」
イオリ「……わからないの」
ルリ 「……?」
イオリ「どうしたら、いいのか……。 だって」
ルリ 「……」
イオリ「ルリには、ルリがやってること、しなきゃいけないことがあるんだもの。 私の荷物を押し付ける余裕なんて、ないはずだもの……」
ルリ 「……押し付ける、なんて。とんでもない。 ……お手伝いを、するんです」
イオリ「お、同じ、だよ……」


    この荷物。
    持ってくれようとするルリに、どうしても預けられない私。

    だって、とっても重いから。
    こんなもの、ルリに持っていかせるなんて心苦しいもの。


ルリ 「……イオリがちゃんと、その荷物をおろせるところまで。その荷を紐解けるまで。 …………片手間になってしまうかもしれないし、お手伝いできないときも、きっとあります。でも、 ……私だけじゃない。……きっと、私だけが、イオリのお手伝いしたいって、思ってるんじゃない。 ……だから。負担でも迷惑でも重荷でも何でもないです」
イオリ「で、でも……。 …………」
ルリ 「……一緒に、持たせてほしい、よ」


    ルリの優しさが、痛いほどに胸に入り込んでくる。
    それに耐え切れなくなって、胸元をぎゅーっと握りしめた。


ルリ 「……イオリ。私は、 イオリと、ちゃんと。……友達に、なりたい」
イオリ「……ちゃんと? 友達に?」
ルリ 「……そういうのじゃ、ないですか? ……一緒に持つのが、友達じゃないですか? ……もっと、別の言い方……。 ……信用……仲間? うぅん、とにかく……。 ……重いもの、なら。一緒に持ちたい。……好きだから。 ……ちゃんと、イオリが。自分で、最後まで運べるように。……お手伝い、したい」


    一緒に持ちたい。好きだから。
    私自身、他人に対してずっとそう思っていたはずだったのに。


イオリ「っ……う……ぇぇ……」
ルリ 「……えっ、あ、えええ!?」


    突き刺さったその言葉が、気持ちを抑えこんでいた堰を破壊した。
    ひとつぶこぼれたら、あっという間。
    あふれ出して止まらなくなる。


ルリ 「あ、の、あの、ごめんな、さい? 泣かないで……」


    そばまで来たルリが、袖で涙を拭う。
    その細い身体に思わず抱きついて。


イオリ「ひくっ、うぇえ……」
ルリ 「うえっ? あ、え……」


    突然泣きだした私に戸惑うルリ。
    でも、包み込むように抱きしめ、背中を撫でてくれた。


ルリ 「……そ、んな、に、あの、私。いやなこと言った? ごめんね、ごめんイオリ……」


    抱きついたまま、その言葉には首を振って返事をして。
    ルリが、ぽんぽんと私の背中を優しく叩く。


ルリ 「え、えっと……う、うー……?」
イオリ「ひぐっ……ぅ、ど、どうして、だろうね……。 急に……っ……止まらなくなって……。 ひくっ、うぇぇぇぇ……」
ルリ 「…………な、かない、で。 ……ううん。……ないて、いい、よ。 …………泣いても良いよ。……いいの」
イオリ「ご、ごめんね、こんな……ひぐっ……困らせるつもりじゃ……」
ルリ 「……んー……困った、けど。嫌じゃない、から。 泣き止むまで。……また笑えるまで。いるよ」
イオリ「人前では、絶対に……泣かないようにって、思ってたのに……」
ルリ 「……やっぱり、強がりだよ。……その気がなくても」
イオリ「ひくっ……ん、そうかな……?」
ルリ 「……そうだ、よ。……人前で泣かないようにって、我慢して」
イオリ「だって……。 ……目の前で泣かれたら、困っちゃうでしょう?」


    今のあなたのように。
    そう、言ったつもりだったけど。


ルリ 「……ふふ」


    ぎゅう、と、柔らかく抱きしめてくれる。


イオリ「/mn6 あう……」
ルリ 「……困るけど。……こうして、抱き締められるから……ひとりで泣かれてしまうより、いい」
イオリ「……ぎゅーってされると、こんなに安心するんだ……」
ルリ 「……いつも、イオリがくれてるもの。……私は、ちゃんと返せてる、かな」
イオリ「ふふ……うん、すごくいっぱい、返してもらったよ」
ルリ 「…………良かった」


    甘えるようにぎゅーっと抱きつく。
    ルリがそれに応えるように、背中を撫でてくれる。


イオリ「ごめんね、少し、服濡れちゃったね」


    涙で濡れたルリの服に指先で触れる。


ルリ 「……はは。いいよ、洗えるし」
イオリ「ルリ」
ルリ 「ん?」


    あなたのおかげで、こんなにも安心することができたよ。
    そう、伝えたくて。
    ルリのことを見上げて、とびっきりの笑顔を向けて。



イオリ「ありがとう」
ルリ 「……(その笑顔に、ふわりと笑んで、頷く) ……どういたしまして。イオリ」


    まだ、何かが解決したわけじゃないけど。
    でも、きっと大丈夫。


イオリ「……すっかり、遅くなっちゃったね。 でも、ルリのおかげで、今日はいい夢が見られそうだよ」
ルリ 「……ふふ。いい夢、きっと、見れるよ。……悪い夢は斬ってあげる」
イオリ「ふふふ、頼もしいー」
ルリ 「ふふ、もっと頼もしくなるから、ね。 ……任せて」
イオリ「……まだ、ちゃんと……「悪いとこ」見せたり、できるかわからないけど」
ルリ 「……うん」
イオリ「きっと、できるようになると思うから」
ルリ 「……うん。……ゆっくりで、いい。待ってるよ」
イオリ「うん、ありがとう」


    ルリに、もう一度だけぎゅーっと抱きついてから、離れる。


ルリ 「……それじゃあ、そろそろ戻る、ね」
イオリ「遅くまでありがとう、ルリ」
ルリ 「ううん。私も……遅くまで、ごめん。……ありがとう」


    そう言って背を向けるルリが、思い出したように振り返る。


ルリ 「……あ、最後に」
イオリ「うん?」
ルリ 「……もし変にレンさんに迫られたら、それも言ってね?」
イオリ「ふふふっ、はーい」
ルリ 「ふふっ。……それじゃあ、おやすみ、イオリ」
イオリ「ええ、おやすみなさい、ルリ」


    壁の外の景色は。
    前に見たのは、もうずっと昔で……いいえ、見たこと自体あったか定かじゃない。
    きっと、きれいばかりじゃない。
    でも、この中にいるより、ずっと素敵なところのはずだから。

    踏み出そう。
    今、ここから。

  • 最終更新:2015-09-15 23:40:07