イオリst4「こわい、こわくない」

イオリ「私はそろそろ休みますねー。おやすみなさいー」


チーム回線にそう告げて、部屋へと戻る。
今日もそれなりに働いて、みんなともお話して、心地いい疲れが身体にたまっている。
探索に出てもらってたサポートパートナーのエリーゼちゃんも、そろそろ戻ってくるかしら?
いつもみたいに、帰ってきたらぎゅーってして、一緒にお風呂入って一緒にベッドに入るとしましょう。

そんなことを考えて一人でくすくす笑っていたものだから、ドアをノックする音にびっくりしてしまった。


Ren「レンです。 イオリさん、まだ起きていますか?」
イオリ「えっ? れ、レンくん?」


その声を聞いて、全身が緊張してしまう。
少し前に言われた言葉が、私の耳にはっきりと残っているのだ。

――貴女のこと、僕のものにしてみせます。

吐息が重なるほど近くにあるレンくんの、悪戯な笑みがまだ脳裏に焼き付いている。
あれ以来、レンくんの前に立つと落ち着かない。


イオリ「お、起きてはいますけどー・・・どうかしましたかー?」
Ren「はい。 夜遅くにごめんなさい。少し時間を頂けますか? 話したいことがあります。」
イオリ「話したいこと・・・?」


すでにいい予感はしていなかった。
どういうお話をしにきたにしろ、きっとその行き着く先は、あのときのお話の続きになってしまうと思うから。

一瞬、時間を理由に断ろうかとも思う。


イオリ「・・・わかりました、どうぞー」
Ren「・・・ありがとうございます。 では、失礼しますね。」


断らなかったのは、先延ばしにしても一緒だと思ったから。
今は引き下がっても、きっと日を改めて訪ねてくるに違いない。


イオリ「・・・こんばんは、いらっしゃいー」
Ren「うわっと・・・失礼します、こんばんは。」
イオリ「どうぞ、おかけくださいー」
Ren「・・・・ん。 それでは・・・・」
イオリ「それで、お話って?」
Ren「・・・ええと。 いくつかあるのですが・・・まず一つ目を。すっかり遅くなってしまいましたが・・・ バレンタインのチョコレート、ありがとうございました。」


レンくんはそう言って、目を細めて笑う。
初めて会ったときから思ってたけど、かわいい顔してるな、なんてどこか他人事のように感じてしまう。
以前とは髪型を変えたようで、かわいいながらも男らしくというか、かっこよくなったな、とも。


イオリ「いいえ、日頃のお礼ですからー」
Ren「受け取って、すぐにメールで返信しようかとも思ったのですが・・・ 直接お礼を言いたくて。イオリさんも、忙しかったようで・・・・ 伝えるのが遅くなって、ごめんなさい。 とても美味しかったです。」
イオリ「ありがとうございます、でもそう言われちゃうと、あんまり手間をかけたものじゃなくて申し訳なくなっちゃいますねー」
Ren「いえ、そんなことはありません。」


――あなたから贈られたものですから。

つぶやくような小声で付け足されたその言葉を、私の耳は律儀に拾ってしまう。
・・・こんなの、聞こえなかったら楽なのに。
そう思って、思わず目を伏せる。


Ren「・・・・・・・・。それで・・・・二つ目ですね。」
イオリ「・・・はい、どうぞー」


きっと、彼も気づいてる。
小声で加えたその言葉が、私に届いていることに。

どういうつもりで言ったんだろう、なんてことを考えてしまう。


Ren「イオリさん、最近・・・・ というか。 忙しくてしばらく会っていなかった前からですが・・・  僕のこと、避けてはいませんか?」
イオリ「・・・・・・。・・・え? い、いえ、そんなことありませんよー。・・・ええ、ないですー」
Ren「・・・・・勘違いだったらすみません。でも、明らかに・・・ 僕に対しての態度がおかしい気がします・・・」
イオリ「・・・きっと気のせいですー」
Ren「・・・正直に言います。僕は、貴女に嫌われたくない・・・ 悪い所があれば、言っていただけませんか?」
イオリ「・・・・・・」


こう言われてしまっては、答えないわけにはいかない。
私だって、別にレンくんを嫌ってるわけじゃないし、嫌いたくもない。


イオリ「・・・レンくんを、嫌ってるわけじゃないですよー。悪いところがあるわけでもありませんー」
Ren「・・・・だったら、何故? そんな顔で・・・・」
イオリ「・・・急にあんなことを言われて・・・ちょっとだけ、戸惑ってるだけですー」
Ren「あんなこと? ・・・・・・・・・・・・・・・」


不思議そうな顔で聞き返したあと、少し考えこむレンくん。


Ren「・・・・・あ。 もしかして、僕の部屋にきてもらったときの・・・?」


ようやく思い当たったみたい。


Ren「・・・ごめんなさい。困らせるつもりは・・・ただ、決意表明的な・・・もので・・・」


私が困っていること。
でも逆に、そのことがレンくんを困らせてしまう、難儀な関係。


イオリ「・・・今ではすっかり追い抜かれちゃいましたけど、私にとっては、レンくんはかわいい後輩で・・・それに、あんまりたくさんお話をしてたわけでもなかったですから」
Ren「・・・・・・・。」
イオリ「あんなことを言われるなんて・・・こんな気持ちを向けられるなんて、思ってなくて。だから、びっくりしちゃったのですよ」
Ren「・・・・・ははは、そうですよね。 確かに。 僕はイオリさんより年下だし、アークスとしても全然新米だ。それに、イオリさんは僕のこと、たぶんあまり知らない。 そうなるのも・・・ 当然かもしれませんね。」


ごめんなさい、そう言って頭を下げるレンくん。
それに、あやまることじゃないですよ、と答えて。

ずっと抱いてた疑問を、ぶつけてみることにした。


イオリ「私がレンくんのことを知らないのもですけど・・・レンくんも、本当に私のことをちゃんと知った上で、そういう気持ちを持ってるのかな・・・って、ちょっとだけ思いますー」


レンくんが頭を上げて答える。


Ren「・・・・・・・。・・・イオリさん、その疑問は無用のものです。 僕は・・・・」
イオリ「本当に?」


――本当に、あなたは私を知っているの?

学生時代には、幾度も受けた告白。
どれもこれもが、表面的にしか聞こえなかった。

実際に、表面だけだったんだと思う。

まるで、バックコートから遠投して、バスケットのゴールを狙うように。
彼らにとって私は、入らなくて当たり前で、入ったら入ったで友達と盛り上がれるゴール、そんな存在だったように感じる。

彼らは誰一人として、本気で私に近づこうとはしなかった。

唯一、私というゴールに接近して、シュートを放った子もいたにはいたけど……「好き、嫁にしたい」とまで言ってくれたその子は、高校のときの部活の後輩だった。
運動系の部活だったから当然同性で、「気持ちはうれしいけど」と断った。


Ren「…イオリさんが僕のことを見ていなくても。僕は、貴女のことを見ていました。会ってから時間はあまり経っていませんが・・・」
イオリ「・・・「見ていた」だけでしょう?」


つい、口調が冷たくなってしまう。
あなたも彼らと同じじゃない、と。


Ren「・・・・・。 ええ、僕はそうです。」
イオリ「私には、レンくんと直接お話したことなんて・・・本当に、数えるほどしか記憶にありませんもの」
Ren「そうですね・・・。だから、まだまだ・・・ 知らないことは、たくさんあると思います。でも、貴女のこと、ねえさんやルリさんに聞いたりして。 仲間のことを想いすぎたりとか、意外と怒ると怖かったりだとか。じゃあこんな時、こんな反応するんだろうなとか。色々考えてるうちに、僕は・・・・」
イオリ「レンくん」
Ren「・・・・・」
イオリ「あなたが見ている「イオリ」は、私ではないと思います」
Ren「・・・・ぐっ。 何故です?」
イオリ「・・・うまく、言えないけど・・・。・・・直接会ってなくて、お見合い写真だけ見てるみたい、かな・・・。レンくんの気持ちなんだから、私にはわからないけど・・・。少なくとも、私から見て、そう感じます・・・」
Ren「・・・・・やはり、貴女のことを理解するには時間が足りていない、ということですか?」
イオリ「そうですね・・・時間はまったく足りてないように思います。一目惚れしたとかで、会ってすぐ好きって言ってくる人もいましたけど・・・。誰も彼も、ちゃんと私のことを見てなかったように思いますから」
Ren「・・・・僕は、そんな・・・・ わかっていないのは、貴女でッ・・・・」
イオリ「レンくん・・・」


もう、終わりにしよう。
今までだって、幾度となく相手に突きつけてきた言葉。
それを、レンくんにも突きつけて。


イオリ「・・・私は、恋は二人でするものだと思いますから。だから・・・」


言うときは心は痛むけど、それは一時のことなんだから。


イオリ「・・・ごめんなさい、あなたの気持ちに応えるつもりは私にはありません」


間違えようがないほど、はっきりと。
それがきっと、お互いのため。


Ren「・・・・・・・そう、ですか。ごめんなさい、余計な気を使わせてしまいましたね。」
イオリ「・・・・・・」


何度経験しても、この痛みには慣れない。
思わず目を伏せてしまう。


Ren「・・・ははは、気にしないでください。僕の一方的な気持ちですから。 ・・・・でも。1つだけ、お願いがあります。 僕はまだ、未熟なアークスかもしれませんが・・・必ず、強くなります。 貴女より、ねえさんよりも強くなって・・・ そうなったら、少しだけ僕に頼ってくれませんか?」


あなたの気持ちには応えない、とはっきり言ったのに。
そんな状態のまま私の近くにいたら、あなたが苦しむだけなのですよ・・・?


Ren「僕に貴女を守らせてくれませんか?」
イオリ「・・・私のことなんて、もう追い抜いちゃってますよ、レンくんは」


アークスとしては後輩でも、実力はたぶんもう私よりある。
守ろうと思えば、守れてしまうくらいには。


イオリ「守ってくれるのはうれしいけど・・・」
Ren「何も、僕のことを好きになれ、とかじゃないんです。 ただ、貴女のことを守れる人間になりたい。役に立ちたいんです。」
イオリ「・・・・・・」


どうして。
こんなにも、むねがくるしい。


イオリ「・・・私なんかより、これからできるであろう、あなたの大切な人を守ってあげてください」
Ren「・・・・・・・それもフラれた、ってことかな?ははは・・・。 まぁ、いいです。勝手に強くなって・・・ 勝手に貴女のこと、守りますから。」


レンくんのことを見ていられなくて、三度目、目を伏せる。

彼を離れさせなければ、いずれきっと深く傷つける結果になる。
例え、この言葉が彼を多少傷つけようとも。
今、やっておかないといけない。

逃げ出そうとする心を必死に抑えこむように、目を閉じる。


イオリ「・・・レンくん、はっきり言います」


心を落ち着けて、レンくんの目をしっかりと見据えて。
目一杯の拒絶を、声に乗せて。


イオリ「勝手に守られたりしたら迷惑なので、やめてください。「恋人」でもない男の子に守られては、困ってしまいます」


彼が以前使ったこともある、「恋人でもないのに」というフレーズ。
私なんかのそばにいたって、何一ついいことないんだから。


Ren「・・・・・・・・・。完全に嫌われちゃいましたね。 流石に、ちょっと落ち込みますけど・・・・」
イオリ「・・・・・・。・・・嫌ってるわけじゃ、ないけど・・・」


レンくんの表情を見て、とっさに口からこぼれたフォローの言葉。
これじゃ何のために冷たくしたのかわからない、と慌てて会話を流す。


イオリ「・・・とにかく、困りますから」
Ren「でも。 どうして、「自分の深い部分」に他人を近づけることをそこまで拒むんですか?」
イオリ「えっ・・・」


だから、半ば不意打ちだった。
頭の回転が鈍ったところに、さらに追い打ちがくる。


Ren「怖いんですか?イオリさん。」
イオリ「こ、怖くなんて・・・っ!」
Ren「冷たい態度をとって、僕を遠ざけようとしてますけど。 そこを見られるのが怖くて、必死で逃げているように見えますよ。」
イオリ「・・・・・・」


怖い? 逃げてる?
ち、違う! そんなはずは……。


Ren「そうか・・・ 少し、意味がわかりました。普段は、優しく温和にふるまって誤魔化しているんですね。」
イオリ「・・・何を言ってるのか、わかりませんね。私は、普段から、ごまかしてるつもりなんてまったくありませんよー。いつだって、自分の思ったとおりに行動してるだけですからー」
Ren「・・・なんだ、ねえさんのこと言えないじゃないか。 他人に近づきながらも、一定の距離を保って本当に近くには寄らせない。」
イオリ「っ・・・。・・・そんなこと・・・」
Ren「そうでしょう? 人が離れていくのが怖いけど、近づかれすぎて自分を知られるのも怖いんじゃないですか?」


違うのに。
そんなんじゃないのに。

心の中を言い当てられたかのように落ち着かない気持ちになって、思わず目をそらす。


Ren「・・・・どうなんですか?イオリさん?」


そう言って、ゆっくりと歩み寄ってくるレンくん。
それに反応して、びくりと全身が緊張した。

こわい。
それは、恐怖とも不安とも言える気持ち。


イオリ「・・・ち、違います・・・」


こないで。
そう伝えたくて、目一杯の拒絶を込めたつもりのその言葉はしかし、消え入りそうなほど弱々しかった。


Ren「・・・・やっぱりそうだ。 普段は強い人のフリしてるけど・・・・  とっても臆病な人なんですね、イオリさん。」
イオリ「ち、ちがっ・・・!」
Ren「でも、僕は。取り繕ってるイオリさんより、そういうイオリさんが「好き」ですよ?」
イオリ「・・・・・・」
Ren「・・・・まあ、フラれたのに迫るのも見苦しいのでこの辺にしておきますけど。」


隠し切れないほどに溢れ出してしまうその感情を抑えこもうと、右手を胸に押し当てる。
それだけじゃ足りなくて、思わず服を握りしめた。


Ren「僕の気持ちは動きません。 応えてくれなくても覚えていてくれなくても良いけど、それだけ言っておきますね、イオリさん。」
イオリ「・・・め、迷惑ですから・・・」


さっきははっきりと言えた、拒絶の言葉。
今は、こんなにも頼りない声色になってしまう。


Ren「・・・強情だなぁ。 まだそうやって壁を作るんですか? 僕以外の人にもそうやって接し続けるんですか?」
イオリ「・・・・・・」
Ren「まぁ、負け犬はそろそろ退散します。すっかり遅くなっちゃいましたね。今日は本当にごめんなさい、色々と。」


レンくんに返事をしようと思ったけど、言うべき言葉が浮かばない。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうしていいかわからなくなってる。


Ren「・・・・・ではまた、イオリさん。今度会う時は、もっと強くなってお会いします。」
イオリ「・・・・・・」
Ren oO(・・・そうだ・・・ もっと強くなれば、僕が強ければ・・・・)
Ren「・・・・ちゃんと寝てくださいね?おやすみなさい。」


結局、レンくんが部屋を出るまで目を合わせることができなかった。
呆然と、時が止まったように動けない。

こわい?
いや、違う、こわくなんてない。
そう、だって、私はこんなにもみんなと仲良くしたいと思ってるんだから。


エリーゼ「ただいま戻りました。・・・イオリさん? どうかしたのですか?」
イオリ「・・・え? あ、ああ、エリーゼちゃん、おかえりなさいー・・・」


どうかしてる。
エリーゼちゃんが戻ってきたことにも気づかないなんて。

私の様子がおかしいことに気づいたエリーゼちゃんが、ぎゅーっと抱きしめてくれた。
いつものような甘える調子ではなく、逆に私を甘やかすような抱きしめ方で。


エリーゼ「何かあったのなら、話してくれませんか?」
イオリ「・・・・・・」


口を開きかけて、言葉を飲み込む。
話してどうにかなるのだろうか、と。


エリーゼ「・・・私では不足ですか?」
イオリ「そうじゃ・・・ないけど・・・」


自分だって、よくわかっていないのだ。
話したところで、この子に重荷を背負わせるだけの結果になる。


イオリ「・・・ごめんなさい、私は大丈夫だから」


いつものように笑顔を見せて。
エリーゼちゃんは、やわらかな髪を私になでられながら、ちょっと寂しそうにほほえんだ。

  • 最終更新:2015-09-15 00:58:39