アークスに入隊する事になりました

お医者さんの手により、キャストとして生まれ変わったボクの身体。
機械の身体なんていうから、ガッシリしたメタリックボディのロボットに変わってしまったのかと思ったけれど。
ローブの下にあったのは、予想に反してヒューマンやデューマンと変わらず……
そして、予想の斜め上三回転捻りくらい、想像もしないモノだった。

色白できめ細かな肌を持つ、柔らかな身体。
以前よりもかなり視点が低く、小柄な体型である事が伺える。
胸には、小ぶりながらも形の良い2つの膨らみがあり。
両太腿の付け根にあった、男性の象徴たる器官は……キレイさっぱりとその姿を消していた。

「なんで、女の子になってるんですかっ!?」

自分の身に起きた変化を理解したボクは、目の前のお医者さんに食って掛かる。

「いやぁ、せっかく可愛い顔してるんだから、そっちの方が合うかなと思ってね」
「何言ってるんですか!そりゃ、よく間違えられはしましたけど…ボクはれっきとした男です!」

そう……女性的な顔立ちのせいで、女の子に間違えられる事は度々あったが、ボクは確かに男なのだ。
命を助けてくれた事には感謝しているけど、そんな理由で勝手に性別を変えられてしまってはたまらない。
しかしお医者さんは、ボクの激しい抗議にも涼しい顔のまま。

「はっはっはっ、そう怒らないでくれ、冗談だよ」
「冗談って……じゃあ、どうして!」

更に詰め寄るボクに対して、お医者さんは急に真面目な顔つきに変わる。

「言っただろう?君は瀕死の重傷だった、と。
 この研究室に運び込んだ後、その身体に移し替えるまでの間、君はコールドスリープ――
 低温仮死状態で生命を維持していたのだが、それも持って3週間、という所だった。
 それまでに、君の細胞から生体ボディを作り上げなければならなかったのだが」
「………」

突然の雰囲気の変化に飲まれ、ボクは黙ってしまう。

「良いかい?ヒトの身体というものは、受精卵の状態から細胞分裂を繰り返して形成される。
 その過程において、ミュラー管抑制因子と、テストステロンおよびその代謝物質……いわゆる男性ホルモンだな。
 それらの影響を受けたものだけが、内外の性器に変化を起こし、男性体へと分化するのだよ。
 クローン胚から生体ボディを培養するケースにおいても、それは変わらない」

なんだか、難しい話を始めるお医者さん。

「簡単に言えば、“ヒトの基本は女性で、男性となるには一手間必要”という事だ」
「は、はぁ……」

結局、簡単に言えば、の部分しか分からなかったけれど。

「この性分化プロセスは実に繊細なものでね、生体ボディの培養においては特に制御が難しい。
 3週間という限られた期間で、確実に身体を完成させ、君を蘇生させる。
 その為には、余計なリスクを犯す訳にはいかなかった。理解してくれ」
「………」

どうやら、ボクを助けるためには女の子にするしかなかった、という事らしい。
そんな話をされると、これ以上お医者さんを責める事ができなくなってしまう。
だけど……

「…わ、分かりました…。
 でも、やっぱり困ります…その、男に戻してもらう事は、できないんでしょうか?
 もう一度、今度は男性型の身体を作って…!」

そうだ、今度は3週間というタイムリミットもないのだから。
改めて男の身体を作ってもらい、そっちに移し替えてもらえれば……

「うーん、そうしてあげたいのは山々なんだがね」

ボクの懇願に対して、お医者さんは難しい顔をする。
そして机の上にあった電卓を手に取り、なにやらポチポチと叩いた後に、ボクに見せてきた。
そこには、下方の桁に0がズラリと並んだ、大きな数字。

「えっと…?」
「その身体を作り、君を助けるのに掛かった費用。
 僕も慈善事業でやっている訳じゃないからね、いずれはこの額を君に請求しなくちゃならない」

更に電卓のボタンを叩き、再びこちらに向ける。

「そこから男性型ボディへの再移植まで行うとなると、こんなところだろうか。
 さっきも言った通り、男性体の培養は大変なんだ」
「………」

表示されていたのは、先ほどの倍以上の金額。
それを見て、ボクは頭の中が真っ白になってしまった。
最初の治療費だけでもとんでもない数字なのに、こんなの払える訳がない。
ボクはこの先、女の子の身体のまま、多額の借金を背負って生きていかなければならないのか……。
困り果て、俯いていると。

「ただ…ある条件を飲んでくれたら、治療費も男性体への移植費用も、こちらで負担しよう」
「え……?」

お医者さんが唐突に、そんな事を言い出した。
男に戻すところまで、全部タダにしてくれるって事……!?

「…ある条件、って…?」

だけど、そんな上手い話があるだろうか。
滅茶苦茶な事を要求されるんじゃ……。
不安になったボクは、恐る恐るその条件について尋ねてみる。

「治療中の検査で分かった事なのだが……君は、フォトンに対して強いセンシビリティを持っているようだね。
 俗に言う、フォトン適性が高い、というヤツだ。その力を活かして、アークスになって欲しい」
「…ボクが、アークスに……?」

返ってきたのは、あまりにも意外な条件だった。
フォトンを扱う力を持ち、外宇宙の探索とダーカーの殲滅を行う調査部隊、アークス。
オラクル船団の平和を支えるその姿はとても英雄的で、男の子であれば誰もが一度は夢見る存在だ。
ボクも、憧れがない訳じゃないけれど……。

「だけど…そんな簡単にアークスになれるものなんでしょうか?
 訓練とか試験とか、色々と段階があるんじゃ…」
「その辺りは心配ない、アークス上層部にいる知人が、全部面倒を見てくれる事になっている」

ごく普通の一般員として生きてきたボクに、いきなりアークスなんて務まるはずがない。
そう思ったのだけど、サポート体制は万全の様子。

「……どうして、そんな条件で……?」

でも、ボクがアークスになる事で、お医者さんに何のメリットがあるのだろう?

「ははは…その上層部の知人に、昔、ちょっとした借りを作ってしまってね。
 高い適性を持つ人材を紹介して、そいつをチャラにしようという魂胆だよ」
「………」

その疑問にもあっさりと答えられてしまい、続く質問が出てこない。

「僕としては、借りを返す事が目的だからね。
 アークスとしての給金も、すべて君のものとしてもらって構わない。
 悪い話じゃ、ないと思うけれど」
「ぅ……」

漠然とした不安は残るけれど、次第に心が揺らいでくる。
あの莫大な治療費が免除され、男に戻れるのなら……。

「条件を飲んでくれるのなら、この誓約書にサインをしてくれ」

そう言って差し出される、1枚の紙。
迷いながらも、その内容に目を通していく。
細かな文字がびっしり書かれている部分は、ざっと読み流してしまったけれど……大体、問題はなさそうだ。
しばらくの逡巡の後、ボクは署名欄に名前を書き、誓約書をお医者さんに手渡した。

「…ふむ、君はシャロンというのか。名前まで女性的だな」
「放っておいてください…」

紙に書かれたボクの名前を見て、お医者さんが言う。
そういえば、まだ名乗ってなかったんだっけ。
女の子みたいなボクのこの名前は、ちょっとしたコンプレックスなのだけど。

「あぁそうだ、シャロンくん。一つ、言い忘れていたけれど」

誓約書のスキャンを撮り、端末を操作しながら、お医者さんが言う。

「これからアークスとして過ごす間、君は生まれながらの女性として振る舞うように。
 元男性である事や、男に戻るためにアークスをしている事を、周囲に知られてはならないからね」
「なっ……なんでですか!?」

“言い忘れていた”なんて次元じゃない、とんでもない事を言い出した。
男である事を秘密にして、本物の女の子のフリをしなきゃならないって…!?

「命を助けるためとは言え、僕は本人の同意を得ずに、君をキャストに…それも、異性の身体に変えてしまったのだ。
 とても合法的な行為とは言い難い……この事が知られたら、君を男に戻すどころではなくなるだろう。
 それは、君としても困るんじゃないかな?」
「う、それは……」

だからって、今更そんな事を言われても…!

「加えて、僕が借りを返す相手は、こういう事には人一倍うるさい堅物でね。
 こんな経緯で君を紹介した事がバレたら、借りを返すどころの話ではなくなってしまう。
 そうなった場合、治療費は当初の予定通り請求させてもらうよ。
 ……誓約書にも、そう書いてあったはずだが」

そう言って、手に持った誓約書の中の一行――さっき読み流した部分だ――を指差す。

「そ、そんなぁ……」

あまりの衝撃に、脱力してへなへなと床に座り込む。
こうして、ボクの女性アークスとしての生活が幕を開けたのだった……。

(続く...)

  • 最終更新:2015-09-13 20:52:02