もう一人の

マスターは何度も彼女を説得した。
彼女が納得する事はなかった、彼女は頑なに拒んだ。
自身の出した答えこそが最適解だと、信じて疑わなかったからだ。
そんな彼女を見かねて、マスターはある決断をする。
元々は身内の問題で片付ける予定だったが、彼女が頑なに"彼"を助ける事を拒んでいた。
それならば、"彼"の仲間達を巻き込んでしまえばいいと。

彼女は何度も反発した。"彼"に関しての情報を、"彼"の仲間に伝える事を。
"彼"の仲間達は、"彼"を生かそうとするから。
"彼"の苦しみを彼女は良く知っていた、"彼"の記憶を見る機会が沢山あったからだ。
しかし、彼女のマスターは、"彼"について深く、深く知りながら、"彼"を助けようとしていた。
彼女にはそれが理解出来なかった。・・・"彼"の事もまた、同様に。
孤独、絶望、別れ。そればかりが記憶されているように、彼女は見ていた。
それなのに、出会う度に"彼"は笑っていた。
いつも気さくで明るく、真面目で、ひたすら大食い。
それだけ見れば、"彼"はとても楽しそうだった。
彼女にはそれが理解できなかった。
だからこそ、彼女は"彼"を助ける事に反発し続けた。
例え笑っていたとしても、それが作られた偽りの笑顔なら。心から、本当に笑えていないのなら。
終わらせる方が、彼も楽になれる。そう考えていたからだ。
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彼女は無表情のまま、いつものチームシップへと向かった。
内心は怒りに打ち震えていた。彼を強引に生かし続ける事が良い事だと、心の底から思えなかったから。
"彼"の仲間は間違いなく、彼を生かそうとするから。

テレパイプの先、小さなデッキ。
綺麗な色のタイルで彩られたその場所で、談笑する人々。
彼らこそ、"彼"の仲間である。彼女が今、最も会いたく無かった人々でもある。
彼女の予想は、きっと当たるだろう。彼らは"彼"を助けようとする。
苛立ちとを感じながら、それでも彼女は、無表情に徹した。
悟られないように、鉄のように無表情に徹した。
仮面の上からであれば普通は気付かない。それでも彼女は、無表情に徹した。

デッキから一望出来る広場に、彼らが移動する。
勿論彼女も。・・・「任務」を果たす為に。
マスターから頼み込まれ、嫌々、やることになってしまった「任務」を。

2年ぶりの仲間達を見渡す、2年前と何も変わらない彼らを。
本当に何も変わらない・・・ように見える彼らを。
彼女はまず、自分が彼の姉である事を告げた。

それから状況の説明をしていく。
自己紹介の時点で、眼の色を変えたアークスがいた。
白い髪と白い尻尾、獣のような耳を持つ筋骨隆々の男、コハク。
グリムの姉だ、と名乗った時点で、彼は血相を変え、彼女を睨みつけた。
もしも話す内容が違えば、その場で交戦するような、そのくらいの勢いだった。
彼女は無表情を以ってそれに答えた。
しかし彼女には「任務」があった。それさえなければ、彼とはゆっくり話をするか、一戦交えてみたいと思っていたが。

淡々と、しかし確実に伝える。
グリムは現在、行方不明である事。
グリムは現在、危険な状態にある事。

そして、追っ手の話・・・虚空機関の話になった時。
彼女は一瞬、場のフォトンが変わったのを感じた。
他でもないコハクの力、溢れ出す怒りで。
ほんの一瞬でも、彼女はそれを感じた。
・・・昔のグリムが、同じような事をした事があったからだ。
今にも爆発しそうで、物騒な事を言う彼は、本当に昔の弟に似ていた。

それからも状況の説明、説明。
時々物騒な空気になりながらも、説明を続ける。
話していく内に、彼女の懸念は本当の物になっていく。
彼らもやはり、"彼"を助けようとしていた。マスターと同じように。
分かっていながらも彼女は失望した、何も知らない彼らが"彼"を助けようとしている事に。
本当の意味で"彼"を理解しているのは、自分だけだと言う事にも。
何度も、何度も、彼らは言う。
"彼"を助けると。
そして彼女は、心の中で誓った。
情報が揃い次第、単独で出撃し、"彼"を破壊する事を。

・・・しかし、この思いがそう遠くない未来、打ち崩される事になるとは、彼女自身理解していなかっただろう。

  • 最終更新:2016-05-18 03:17:34