その居場所

「終わりだ、寄越せェ!」

漆黒の影が剥がれ落ちた巨大な顔面のような部位に手を突っ込み、剣のようなものを引き抜く。

「この声…」

「え!?あれって……」

「今のは……っ!?」

悪神、マガツ。禍々しいその姿が空中へと舞い上がり爆散した。だが彼の物から引き抜かれた赤い剣が、
その胎動をそのままに周囲を威圧する。

「まずは……ひとつめ」

「コハクさ…じゃないっ! これは……」

イルマがすぐさま影の正体に気が付く。 コハクの身体を持つ、だが此方のコハクとは似ても似つかぬ
者。此方とは別の世界の、コハク……黒玉と呼んでいるそれだ。

「イルマさん、何かあったらすぐにラルムちゃん連れて逃げて」

「はい…っ でもティルトさんも一緒ですよっ」

「…うん」

黒玉に悟られないようティルトとイルマが小声でコンタクトを交わす、黒玉の戦闘力はアークスやダー
クファルスを遥かに凌駕する、以前襲われその圧倒的な力の差を見せ付けられた出来事はイルマにとっ
ても記憶に新しい。

「……ティルトに、イルマ……そっちのほうは記憶にねぇが、さて」

ティルト、イルマ…そしてラルムへと視線を移す黒玉、吸い込まれそうな程黒い眼の中に一際目立つ
黄金の瞳が3人を捉える。

「お久しぶりですね、今日は何していらっしゃったんですか?」

「まさかマガツを…一人で?」

赤い剣を払うように振り、さも当然のことのようにマガツを倒した事実を語る黒玉、いくら入れ物のひ
とつであるとはいえアークスが十数人でかかっても苦戦する相手を一人で、というのはその力の凄まじ
さを物語っていた。

「…ま、そんなことはどうでもいい。どこのどいつかは知らねぇが【双子】の力を取り込んで【深淵なる闇】
に至りつつある奴が居る、まぁこの際それが【双子】の意思かどうかなんてことはどうでもいい」

黒玉の持つ剣が更に赤みを増し、禍々しい雰囲気が周囲を包み込む。

「ティルト、俺に何をしているか問うたな」

「ええ……」

「教えてやろう」

黒玉が自らの腕に剣を突き刺す、噴き出た血が剣に吸われ、溶けるようにして黒玉の腕に纏わり付いて
ゆく。

「な、なにを……!」

黒玉の不可解な行動にイルマが後ずさる、黒玉の腕を呑むようにしながら少しずつ形を変えるそれは丸
で生き物のようにすら見えた。

「【深遠なる闇】を取り込み、そして奴を越えて全てを破壊する それが俺の根源の願いだ、そしてこ
れはそれを実行するための下準備にすぎねぇ」

「わけわかんないです!そんなことして何になるんですかっ」

溶け出した悪神の欠片が再び剣の形を取る、それはまるで黒玉の腕に同化するかのようにしてその鋭い
刃を現した。【深遠なる闇】を越えることは出来ない、そう訴えかける黒玉の本能を振り払うように禍
々しく刃は閃いた。

「【深遠なる闇】の復活、それはお前等アークスの滅びを意味する…だがそれじゃ納得いかねぇ、アー
クスは」

そして、アークスであるお前達は、この手で。

「俺が滅ぼす」

「コハクさんがそんなこと願ってるはずがないです!」

イルマの真っ直ぐな瞳が黒玉の眼に映り込む、深く沈んだ月の眼は真摯に輝くそれを見て瞼を閉じた。

「あなたもコハ君、だから…今日は、差し伸べた手をとってもらいます」

顕現した刃を見て、黄色く光った瞳だけが映るのを丸で自分がそれに捉われたかのようだと錯覚する。
触れようと近づく彼女を切り裂いたあの感覚が蘇る、あの時も自分の力に捉われていた。

「剥き出しの刃を素手で掴む気か?」

「構いません。 貴方には感情がある、心がある。 だったら…戦えるし、分かり合えます!!」

「そうか……では試させて貰おう、この星の悪神の力を」

双刃が引き抜かれ、弦が張り、銃弾が込められる。
ぶつかり合う刃の間を銃弾と矢が駆け抜け、美しく戦いを彩ってゆく、火花とフォトンが散り弾丸が、
剣風が、周囲の景色を歪ませてゆく。

「…それ以上の力を持って…全部滅ぼして…何が待ってるの?」

「そんなもんは、俺の知ったことじゃねぇよ…個の存続、存在意義、それを示すための行動だ」

いや、本当は知っている、ただ事実を突きつけられたくないだけだ、こんな言葉は言い訳に過ぎない。

「ならはっきり言います、待っているのは孤独だけです…人は、孤独には絶対に耐えられません」

だからこそ、真実を突きつけられ、こんなにも揺らぐのだろう。

「俺を人間風情と……」

「コハ君は私達と同じですよ!!」

フォトンで形成された巨大な刃が一瞬揺らぐ、不安定になったそれはティルトの腕に深い傷を作った。
こんなことを望んでいるのではない、黒玉の中で何かがそう叫ぶ、だがそれをねじ伏せ本能のままに
吼えた。

「俺を人間風情と、同列に語るなァ!」

裂傷を負った腕を抑えよろめくティルトにイルマが駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか!?」

「ティルト先輩ご無事で!?」

ラルムもすぐにティルトのカバーへ周り黒玉と真正面から見合う。
すぐに立ち上がり「大丈夫」と口にしたティルトだったが、このままではマズいことぐらい、この場に
居る誰にも簡単に伝わってしまっていた。

「あたしも、ティルトさんと同じです。 貴方は私達と同じに見えます」

イルマがラルムの前に立ちその真っ直ぐな眼差しで黒玉を見据える。

「コハクさんは、誰かに認めてもらいたいってことでしょう、存在意義を…ってことなら、それなら、
あたしだって同じですもん!」

「誰が…そんなちゃちな願いなんぞ!」

再び閃いた刃が、イルマに襲い掛かる。恐ろしい速さと力を持って襲いかかるそれは確実に彼女の息の
根を止めにかかっていた。

「持ってなきゃあ」

半月型に湾曲したフォトン刃が黒玉の凶刃を受け止める。
イルマを庇うようにして現れたのは黒玉よりも更に大きなキャストの男だった。

「さっき、とどめは刺せたはずでしょう?」

「ふふっ…グリムさんの言うとおりですね」

グリム・E・ジャガーノート、彼もまた特殊C支援小隊の一員であり、コハクの良き友人の一人だ。
そして黒玉にとっても、それは同じだった。

「……面倒な奴が増えたもんだ」

「面倒、結構!オレは面倒なことしか取り得がないんでね!」

グリムがカタナを弾き、黒玉が後退する。舌打ちした黒玉に、僅かな動揺が見え隠れしていた。
イルマに攻撃が届かなかったのが、何故か安心できたような、そんな矛盾から生じた動揺が。

「コハ君…みんな、コハ君の仲間ですよ。貴方の仲間です…ここに居る、みんな」

その揺らぎを感じ取ったかのようにティルトが言の葉を優しく紡ぎ出す。
皆、それに同調し頷き、黒玉に手を差し伸べているような気さえした、いや、実際そうなのだろう。
それでも。

「…言ったはずだ、俺はお前達の知るコハクではないと。お前達の言い分、これ以上聞き取るつもりは
ない……対話を望むなら、俺を黙らせてみせろ」

「……仕方ありませんね」

戦闘を継続する意思を見せたティルトの言葉に黒玉の口角が上がり…それでも少しだけ、その眼に後悔
の色が映る。
本能と、僅かに芽生えた心とのせめぎ合いが彼の中で続いていた。
それでも身体は目の前の獲物を屠るために刃を振りかざす、彼の背後に空いた漆黒の穴がまるで彼の心
の有様をそのまま映すかのようだった。

「叩き潰せ、マガツ!」

「あれは、クロームドラゴンの…っ!?」

超時空を越える力、クロームドラゴンのそれを【双子】の力で生み出した自身の内的宇宙に直接繋ぎ、
武器を媒介としてあらゆる生物のクローンを造り出す。
マガツのコアを武器として昇華させたカタナから造られたのは、小さく不完全ながらもその破滅の力
を受け継いだマガツのコピーだった。

「ええっ!?うわっ……っ!?」

「おお……」

なんとかガードしたイルマと間一髪で回避したイルマとラルムだったが追撃を喰らわせようと再び黒玉
の背後に黒い穴が空いた。

「もう一発だ!」

両腕から放たれる剛拳が4人に襲い掛かる、各自防戦一方になりながらも、その攻撃の多くを防ぎきり、
イルマに至っては不安定な体勢からでもそのままペネトレイトアローで反撃してみせる程の奮闘ぶりを
見せる。

「ッ!…俗物が!」

イルマの矢に射抜かれ、激昂した黒玉が荒々しくカタナを振るい、乱れる剣気でイルマを切り刻む、
弓を前に構えたイルマの防御の構えの隙間をぬい、彼女の身体を鋭い風が傷つけた。

「次はお前だ、グリム!」

「へえ!次はオレかよ…いいぜ、来なよ!」

グリムの大鎌のようなパルチザンと黒玉のカタナがぶつかり合う、互角の競り合いに見える攻防である
はずが、グリムのほうにだけ無数の傷が出来ていた。

「…足りねえ」

だが剣気によるダメージ、それが確実に蓄積されているはずのグリムから出た言葉は以外なものだった。

「足りねぇよ…いや、らしくない、か。 まるでいたぶるのが趣味、みたいに感じる。 でも違う、
貴方は一気に決める人だ」

黒玉の顔に苛立ちと焦りが浮かぶ、そしてそれを断ち切らんが如く彼の目の前に多量のフォトンが凝縮
され形を成していく。

「そんなに死にてぇなら、望み通りにしてやるよ!」

爆発寸前まで圧縮され、紅く変色したフォトン塊をマガツの腕が叩き潰す、周囲を巻き込んだ大規模な
爆発攻撃に対しグリムは真っ向から立ち向かった。
物陰に隠れたイルマや防御に徹したティルト、ラルムはなんとか無事であったがグリムのほうには明ら
かな変貌が起きる。 外殻の損傷、それにより垣間見えたグリムの正体。
力の限界を迎え跪く黒玉に対し、その場にいる全員がトドメを、等とは思わなかった、少なくともそん
な行動に出る者はこの場に一人も居なかったのだ。化物にでも居場所があると口にするグリムの言葉は
相応の重さを以って彼の胸に沈み、その二人を化物などと呼ぶなと言ったティルトの優しさは彼の心を
揺さぶった。

  • 最終更新:2015-10-30 15:51:55