こうして、今に至ります

歩く度に、ひらひらと揺れるスカートが両脚に纏わりつく。
太腿が直接外気に晒される感覚が、どうしようもなく頼りない。
気恥ずかしさと心許なさで、つい下を向いてしまう。

今後の住居となる部屋に案内してもらうため、お医者さんの後について市街地を歩くボク。
だけど、慣れない格好のせいで、なかなか上手く歩けない。
歩幅自体が小さくなってしまったのもあって、先程から何度も、前を行く背中との距離が開いてしまっていた。
その度にお医者さんは足を止め、ボクが追いつくのを待つ形となる。

「……シャロンくん、もう少し堂々と歩いたらどうだい?
 このペースだと、君を部屋に案内する前に、日が暮れてしまいそうだよ」
「そんな事、言われましてもっ……
 わ、私…こんな格好で外を歩くの、初めてで……」

待たせてしまっているのは申し訳ないけれど、歩きにくいんだから仕方がない。
それに……

「なんだか、すれ違う人たちにチラチラ見られているような気がして……」

先程から、行き交う人々の視線が、妙に気になってしまっていた。
女の子の格好したボクを見られている……
そう思うと、どうしようもなく恥ずかしくて、とても堂々となんてしていられない。
無意識のうちにスカートの裾を押さえ、小さく縮こまるボク。

「……そういう挙動が、かえって注目を集める原因になっているような気もするがね」

少しばかり呆れ気味に、お医者さんが言う。

「もっと自信を持ちたまえ、君の容姿には何も不自然なところはない。
 むしろ、誇れるレベルの美少女だと思うが」

美少女って……そんな事を言われても、嬉しくないんだけどなぁ……
お医者さんの言葉に複雑な想いを抱きながら、ふと顔を横に向けると。

「…ぁ……」

ビルのショーウィンドウに映る、自分自身と目が合う。
シンプルながらもカジュアルな可愛らしさを纏った、Tシャツとミニスカートの組み合わせ。
少女特有の儚さを感じさせる、小柄で線の細い身体つき。
青い瞳に不安げな色を湛えたその表情は、なんというか……男としては、強烈な庇護欲を掻き立てられるものだった。
こんな女の子を街中で見かけたら、ボクだって、つい見つめてしまうかも……

……って、何を自分に見とれてるんだボクは!?
ハッと我に返り、慌ててショーウィンドウから目を逸らす。

「どうかしたかい?」
「いえ、なんでもありません、大丈夫です…!
 さぁ、行きましょうっ」

お医者さんの問いに、ボクは顔が赤くなるのを感じながら、それを誤魔化すように歩き出す。

「あ、シャロンくん。そこ、気をつけて」
「え……?」

そんなボクに、不意にお医者さんが声を掛けた。
だけど、この時は気が動転していたのもあって。
彼が何に対して“気をつけて”と言ったのか、理解できなかった。
そしてそのまま、路面に埋め込まれた格子状の鉄蓋の上へと、足を踏み入れた瞬間。


ぶわっ――


「!?!?」

突如足元から吹き上げる、強烈な風。
どうやらボクが乗った鉄蓋は、地下街の排気口だったらしい。
いや、そんな事より、この状況は。

「おぉっ!?」

驚嘆の声を上げる、中年男性。

「ままー、あのおねーちゃん、ぱんつ丸見えー!」
「こら、そんなコト大声で言わないの!ほら、見ちゃダメっ」

無邪気にはしゃぐ小さな男の子と、慌てて我が子をたしなめる母親。

「もう、何見てんのよっ!」
「うわっ、ちょっ…!仕方ないだろっ!?」

あっちには、怒りながら恋人の顔を手で覆う若い女性と、不可抗力を訴えるその彼氏。

その他、ご通行中の皆様が、一斉にボクの方へと注目していて。
それらの視線はすべて……風に煽られて舞い上がった、スカートの中へと注がれていた。

「@#!~~~~~ッッ!!!」

声にならない声を上げながら、スカートを押さえて排気口の上から飛び退くボク。

うわぁぁぁぁ~~~っ!!
見られたっ!
こんな街の真ん中、たくさんの人が居る中で……!

ボクはその場にしゃがみ込み、頭を抱えてうずくまる。
とても顔を上げる事なんかできなくて、ボクは身動きが取れなくなってしまった。

「だから気をつけるよう、言ったんだが…。
 とにかく、この場を離れよう」

そう言ってボクの手を取り、足早に歩き出すお医者さん。
ぐいぐいと引っ張られるまま、街路を右へ左へと進んでいく。
その間にも、ボクの意識は先程の出来事から離れられずにいた。

うぅ、ボクは男なのにっ。
大勢の人の前で、あんな姿を晒して…!
あまりの恥ずかしさに、頭の中がごちゃごちゃになって、訳が分からなくなる。
ぐるぐると渦巻く思考はやがて限界を超え、真っ白に塗りつぶされていった……



☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆



……一体、どのくらい時間が過ぎたのでしょう。
ボクの手を引いたまま歩いていたお医者さんが、突然その足を止めました。

「もうすぐ目的地だが……そろそろ、落ち着いたかい?」

静かに問い掛ける、お医者さんの声。
多少の時間を置いた事で、ボクもどうにか冷静さを取り戻していました。

「…はい…もう大丈夫、です。ご迷惑をお掛けしました…」

先程の事を思い返すと顔から火が出そうになるので、極力意識しないようにしながら答えます。

「ほら、あそこの建物がアークス用の宿舎だ。
 あの中の一部屋が、君の今日からの住居になる」
「わぁ…!」

握っていたボクの手を離し、お医者さんが前方の居住施設を指差しました。
宿舎はボクの想像以上にしっかりした造りで、アークスという組織の大きさを感じさせられます。

「行こうか」
「はい♪」

宿舎の中へと足を進めるお医者さん。
ボクも遅れないよう、しゃんと背筋を伸ばし、しっかりとした足取りでその隣を歩きます。

「………」

そんなボクに、お医者さんがチラリと視線を投げ掛けてきました。

「……?どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」

一瞬、こちらを向いた彼の表情に、怪訝そうな色が浮かんでいたように思えたのですが……
気のせいだったのでしょうか?


エレベーターで上階へと上がったボクたちは、長い廊下を歩き、1つの部屋の前へとやってきました。
お医者さんがカードキーをかざしてロックを解除し、扉を開きます。

「ええと、これは……」

扉の向こうの光景に、ボクの思考は一時停止。
そこには、一面ピンクのメルヘンチックな空間が広がっていました。

「どうだい、可愛らしいだろう?」
「……はい……まぁ……」

室内に入り、ぐるりと部屋中を見渡してみます。
可愛いかどうかで言えば、間違いなく可愛くはあるのですが。
これでもボクは男の子なのです。
そこら中にハートや星型の装飾が散りばめられた、この上なく少女趣味な一室で暮らす事には、少々抵抗を感じます。
住居を提供してもらうのに贅沢を言う訳にはいかないのですが、もう少し何とかならなかったのでしょうか。

そんな事を考えながら、何気なく花柄シーツのベッドに腰を下ろした、その時。

「……あ、れ……?」

軽い眩暈と共に、急激な睡魔が襲ってきました。

「…なんだか、急に……凄く…眠い…」

どうしようもなく眠くて、ベッドの上に仰向けに倒れ込みます。

「あぁ、エネルギー切れだろう。
 限りなく生体に近い身体とは言え、あくまで君はキャストだ。
 中枢動力部のエネルギー残量が少なくなれば、スリープモードでの休息が必要となる」

頭上から聞こえる、お医者さんの声。

「そのまま休むといい。
 眠っている間に、エネルギーも回復するはずだ」

その言葉に、ボクは重い瞼に抗うのをやめ、強い眠気に身を委ねる事にしました。

夢の世界へと沈んでいく意識の中で、うっすらと……
お医者さんが、何か……呟くのが、聞こえた……気が――



「ふむ……街中での一件以降の雰囲気の変化……実に興味深いな。

 吹っ切れた……というよりは、極度の羞恥による精神の順応――女性化の進行、と見るべきか。

 面白いね、やはり女性型にして正解だったよ。

 これからの生活は、さぞ刺激に満ちている事だろう。

 どんな成長を見せてくれるのか、楽しみにしているよ……」

              
              
              
              
              

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ボクが目を覚ましたのは、翌日のお昼頃の事でした。
既に、お医者さんの姿はなく――
代わりにあったのは、テーブルの上に置かれた1枚のカードと、簡素な置手紙。


“君のアークスとしての登録が完了した。
 後は、上手くやりたまえ。”


結局、あのお医者さんが何者だったのか――
連絡先はおろか名前すら聞けないまま、ボクは命を救われ、女の子にされ……
こうして、アークスとして放り出されてしまった訳です。

今に至る経緯を思い返しつつ、ボクは人生の理不尽さを噛み締めるのでした。
ベッドに寝転がり、発行されたばかりのアークスカードを眺めながら、ため息を一つ。

「はぁ…どうしてこんな事になってしまったんでしょう…」




その後――お医者さんの根回しによる手厚い基礎訓練を経て、ボクはどうにか一端のアークスとなりました。
未だにお医者さんの行方は掴めず、いつになれば男の子に戻れるのかも分からないまま、ボクのアークス生活は続いてます。
そうこうする内に、ボクはとある部隊に所属する事となります。
部隊の名は、「特殊C支援小隊」。
そこでもまた、様々な出来事に巻き込まれる事になるのですが、それはまた別のお話――

(おしまい)

  • 最終更新:2015-09-13 20:53:27