かすみst6-ex2「深淵転覆」2

計算外だった。
左腕に受けた傷を手で抑え、走る。

幸い致命傷と言うわけでなく、また動かすこともできる程度の傷のようだがそれ以上に問題なのは「二人いる」ということだった。

林を縫うように駆ける。それを追いかけてくる二つの影、
ひとつは地面を這うように、もうひとつは時折木の上に跳躍しながら。

王牙ひとりなら、まだ勝機はあった。正面から戦っても互角の戦いができると思った。

しかし、二人となると話は別だ。勝機は途端に小さくなる。

「ハッ、ダンナ。このまま追いつめるぜ」
いつものヘルズだ。獲物をねらう、あのふてぶてしい残忍な目つき。
自分に向けられるとは思わなかった、あの目。

「悪いな、惨殺丸。ダンナについてきゃ、おいしい思いができそうで、な!」

一気に追いついたヘルズクロウは、私に飛びかかる。間一髪かわすが、胸元がズキっと痛む。彼の爪がかすっていた。

ヘルズクロウの武器は爪だった。男にしては綺麗な、長い爪を使って人の急所に斬りかかる。
常人離れした握力も重なり、これで首などを抉って致命傷を負わせる。
とはいえその程度であれば急所に気にかけていればやられない。
さすがの彼でも何もなしに人の胴体に穴を開けるようなことは、まだ出来ていないからだ。

しかし今は戦闘用のグローブをはめていた。
鋭利な爪のついた指半分ほどの長さでリーチが伸びた、自分用に用意したグローブ。
どこを刺されても致命傷となる。

何度か襲いかかるヘルズクロウに私も斬り返そうとするものの、俊敏なヘルズクロウを捕まえらずにいる。
私の持っている刀の方がリーチがあったが、それも当たればこそ、である。
逆に彼はかすり傷を数度当ててくる。致命傷にはなり得ないが徐々に追い詰められる。

やがて私は木の幹を背に立ち止まる。
全身に切り傷を受けており、痛みと消耗がかなり来ていることを実感する。

「遂に追い詰めたぞ、惨殺丸」
王牙が上機嫌に叫ぶ。

「お前は昔から気に入らなかった」
よほど嬉しいのだろう、王牙はいつもよりも饒舌に喋る。

「てめえみたいなのが、俺より上なはずはねえ。上手くやりやがって」
順序などどうでもよかった。

「本来なら3人でお前の相手をするつもりだったが、まあいい」

3人、もう一人いたのか。
そう思った心の内を読んだように王牙は薄笑いを浮かべながら続ける。

「残香丸も誘ったんだがな、奴は深淵を裏切るようなことはできない、とか抜かしやがった」
その笑みはより凶悪な笑いとなり、
「仕方ねえから、秘密を守る為に死んでもらったぜ」

残香丸は小さい頃から知っていた。無口だが優しい人だった。
父親がカズミとつけたかったのに手違いで香住「かすみ」と女性のような名前をつけられていたが、
勘当された私ですら分け隔て無く接してくれる人だった。

その瞬間、私は今までにない以上の怒りがわき上がるのを感じていた。
「・・・オウガ、貴様ぁ!!」

私はこの時、刺し違えても王牙を仕留めるつもりだった。

突然、大型の手裏剣が私と王牙の間の地面に突き刺さる。ヒューマンの成人男性の身長ほどある大型の手裏剣。次の瞬間、その手裏剣から、王牙に向いた面のみ、無数の小さな手裏剣が飛び出し王牙へと放たれる。
すんでのところで後ろに飛び、その手裏剣をかわす王牙。

これは紛れもなく、機鬼一族の伝説とも言われる忍具だった。私にとって何度も見たことのある大型手裏剣「元八幡(もとはちまん)」と呼ばれるその武器を扱える者はただ一人。

「1対2じゃ面白くないだろう?」
声のする方を3人とも向く。彼は木の上、太い枝に立っていた。

「俺が加われば2対2、互角だな」
「て、テメェ・・・!」
恨みがましくうなる王牙。
「深淵、第3位。機忌鬼のからくり丸、参上」



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形勢はあっという間に逆転する。
かたや2位と3位、かたや4位と7位の勝負だ。結果は見えていた。

特にヘルズクロウとからくり丸の相性は、ヘルズクロウにとって最悪だった。キャストである、からくり丸の鋼鉄の体躯にヘルズクロウの攻撃など、まさに体をかくも同然だったのだから。

「王牙、わりぃ!ずらかるぜ!」

そういって逃げようとしたしたヘルズクロウを、からくり丸は見逃さなかった。

「そうはいくか」
「ちょ、待っ」
言い終わる前にヘルズクロウは胴体を真っ二つにされた。

「ちっ、馬鹿が!」
逃げようとしてやられたヘルズクロウを苦々しく横目にする王牙と私は一騎打ちの状態となる。
私は最後の力を振り絞って斬りかかるが、そう易々と王牙は倒されない。

からくり丸が加勢に入る寸前、王牙が私の顔目掛けて殴りかかる。

それを右手で受け止めるからくり丸。瞬間、からくり丸の右腕が肘先から吹き飛ぶ。
王牙の爆発拳、数多くの敵を文字通り粉砕してきた、王牙の拳。

それでも、やはりこの状況を打破することは出来ない。
二人がかりで襲いかかり、最後は拳を砕かれて地面に膝をついた。


「同じチームの仲間だろ?」

森の中にこだまするかのように、膝をついた王牙は叫ぶ。

「・・・ここに来て今更、仲間か」
からくり丸は肘の先から吹き飛んだ右手を左手で抑えながら言う。

「オウガ、お前も分かっているはずだぞ、俺達がどういう集まりか・・・」
その言葉はいつもの暗殺者としての彼の口調だった。

「・・・そうだ・・・」
私は背後の彼にあわせて、王牙に対してそう言っていた。

「・・・私達は、仲間じゃ、ない・・・」
そう、もう仲間ではなくなった。その言葉は言わなかった。

「ぐ・・・」
王牙が歯を食いしばり、そして

「クソがあああああ!!!」

最後の力を振り絞るように、襲いかかる。しかし、その動きはもはや、王牙ではなかった。
軽く横にかわし、私は遂に彼の首にカタナを立てる。

刹那、胴体から離れる首、それを私は直視しなかった。

決して交わることのない、お互いに共感するところなどほとんどなかった間柄。
それでも同じ「深淵」にいた仲間。

それを私は手を掛けたのだった。

首が落ちた音と、身体が倒れた音が重なる。そして、静寂。

「・・・終わったな」
からくり丸が静かに言う。

「・・・ええ」
喜びも何もない、疲労感と、また痛み出した身体の傷で私は近くの木に寄りかかるようにして座り込む。

その横にからくり丸も座る。

「・・・深淵が3人、減ったか」
独り言のようにつぶやく、からくり丸。

「・・・減るのは4人になる」
私は、からくり丸に呟いていた。

元々深淵に所属したのもヒエロニムスに誘われただけであまりこだわりはなかった。
今回の事件を起こしておいて居座る気はない。何より。

「すこし、暗殺業を休むか?」
からくり丸には見透かされていた。

無言、それで十分に伝わった。
「ふ、まあ・・・好きにするといい。お前はまだ若いからな」
彼はそう私に言った。

「・・・しかし、深淵も大変だな。まさか5人も一気にいなくなるとは。過去になかっただろう」

え、と私はからくり丸の方を見てしまう。

「俺も、深淵を抜けるさ」
呆気にとられる私。瞬時に何を考えているのか私は考えた。

「悪いが、お前の希望は叶えられん・・・最後に俺も好きにするつもりだ。自分の夢を叶えに・・・な」
「・・・夢?」
私は純粋な興味から、考える前に聞いていた。
「前に言ったことがなかったか?俺の夢、故郷の森で一人・・・静かに死ぬこと。朽ち果てるように死ぬ・・・それが望みだ」

前に言っていたような気がする。しかしそれは叶わぬ夢だと、その時も思った記憶があった。

からくり丸は機鬼一族という、キャストで構成される忍の一族出身であった。
そして一族を抜けた者は抜け忍として命を狙われる。

単に勘当された私とは違い一族に命を狙われる、それがからくり丸だった。
彼の実力と、深淵という後ろ盾があったから今日まで無事だっただけだ。

それが深淵を抜けて、あまつさえ一族の縄張りである故郷の森に行くなど自殺行為だった。
当然、私は聞いた瞬間に止めようと思った。

「・・・言わなくても分かる」
しかし、からくり丸は先ほど同様、見透かすように言う。

「・・・お前がどう思ってるかは知っている、だが・・・悪いな、これは俺の夢なんだ」
からくり丸は立ち上がり、歩き出す。こちらを見ること無く。

「・・・機久蔵」
私は、思わず立ち上がって、背中を向けた彼の本名を叫んでいた。彼は振り返らない。ただ、立ち止まって

「あれだけ殺したんだ。殺されもするさ」
そう言い残し、また歩き始める。
それを黙って見送るしかない私。

これが私が最後に見た、からくり丸の姿だった。

その数年後、機鬼一族のある噂が、私の耳に入る。

機鬼一族が何十年も追っていた抜け忍を、なぜか故郷近くの森で見つけたので始末したらしい。
しかも片腕を失った状態で。なぜ何十年も逃げていたのにそんなところに居たのだろうか、と。


私は以後、深淵と連絡をとることはなかった。

  • 最終更新:2016-03-20 00:18:08