かすみst6-ex2「深淵転覆」1

「今のところは順調だな」
暗闇に向かって一人の男が呟くように言う。

「ふざけやがって」
一人悪態をつく大男。運動後らしく、額に汗が流れる。

「まあいい、あと少しで俺の時代が来る」
遠くで響く、列車の走る音。

「深淵転覆の、始まりだ」
近くを通り過ぎた列車のライトが、男の周りを一瞬照らす。
男の足元には無数の死体が無造作に転がっていた。



惨殺丸が通信を受け取ったのは夜もふけた頃。深夜と言える真夜中のことだった。

自分の連絡先を知っているものはそれほど多くなく、ましてそのほとんどが仕事関係である。
前の仕事を終えたばかりだった惨殺丸はその通信を無視するつもりだった。相手を確認するまでは。

「・・・死神?」
相手は深淵という暗殺集団に、惨殺丸と同じく所属している死神からだった。
死神といっているがおそらく仮の名である。

祖父の時代には既に所属していた上、今もなお第一位に居続ける暗殺者。
その姿は、この時死神についで第二位にいた惨殺丸ですらほとんど見たことがない。

その死神が自ら連絡を取ってきたのである。興味が湧いて通信機をつける。

「久しいな」
低く響く男の声。あまり聞いたことはないが確かに死神のものだと惨殺丸は思った。

「お久しぶり、珍しいわね、出向いてくるなんて」
皮肉も含めて挨拶を交わす。

「今日はお前だけに仕事を依頼したい」
死神は惨殺丸の返事を返さず、自分の要件を話しだす。

「王牙に裏切りの目がある、消せ」
言葉少なに、それでも衝撃的なことを言い放つ。

「・・・王牙が?」
惨殺丸が思わず聞き返す。

思い当たることがないでもない、王牙は以前より自分が深遠で一番強いと思っているらしく、
死神が上にいるのを快く思ってはいないようだった。

まして惨殺丸がパトラナガン王国滅亡の仕事で活躍したのを受けて、第二位にあがってからはより不満を露わにするようになっていた。

どこかで聞いた話だと、惨殺丸は思った。

「いきなり消せとは穏やかじゃないわね」
惨殺丸は探りを入れるつもりで言うが、
「穏やかな仲ではないつもりだが」
死神に皮肉を返されてしまう。

「分かったわ、最終的に消すかどうかは私が判断するけども。王牙と会ってくるわ」
惨殺丸はこの仕事を請け負うこととした。
今の王牙と戦って勝てる人間は、死神を除けば自分しかいないと思った。からくり丸も全盛期の力を持っていれば負けないであろうが、最近は年齢のせいか深淵で活動する時は前線に出たがらない。
他のメンバーでは王牙に歯向かったところで返り討ちであろう。

「よろしく頼む」
死神はそれだけを言った。
「・・・それと」
惨殺丸が通信を切ろうとする死神を遮るように喋る。

「次からは犠牲者が生まれないような通信方法を取ることね」
死神の連絡先は誰も知らない。なぜなら死神の通信方法は、通信したい時に死神が他人の通信機器を借りるからである。そして借りた相手はその機器を返してもらうことも、もう言葉を発することもない。今も死神の足元にはおそらく、ものを言わなくなった持ち主がいるだろうことが想像できた。


「考えておこう」
そう手短に言い、死神は通信を切る。

「ふう・・・」
惨殺丸は息をついて、自分に課せられた仕事を頭のなかで再確認した。





夜、森のなかに王牙がいた。
まるでこの森の持ち主であるかのように、ゆったりと歩く。

王牙の出自は森の中にある、ある王国の親衛団の一族である。王の牙たる親衛団となることを運命づけられた一族は、みな王牙という名前を名乗っていた。

しかし王牙はその王国の王を、親衛団ともども打ち倒した。自分は強い。なのに自分より偉いものがいる、ということが我慢ならなかった。
そうして彼は、用心棒などを経て、ヒエロニムスに誘われ、気付けば深淵に所属していた。

やがて彼は一本の大きな木の元へたどり着く。
「来ているか?惨殺丸」
「・・・ああ」
どこからともなく声が聞こえる。どこにいるかは分からないが惨殺丸がいるのだと王牙は理解した。

「話がある、と聞いてきたのだが」
惨殺丸は王牙に自分への用件を尋ねた。

「お前と手を組もうと思っててな」
王牙は前置きもなく、突然本題を喋り始める。

「お前と手を組めば死神も倒せるはずだ。これで深淵を二人で支配しようじゃないか」
饒舌に喋る王牙。暗い森の中に一人、声が響く。

しばらくの静寂の後、
「・・・断ったらどうなる」
先ほどと変わらずどこからともなく聞こえる、惨殺丸の声。

「その時は残念だが、仕方ないな」
王牙は楽しそうに喋る。

「お前には消えてもらうぜ、惨殺丸!」
王牙は既に構えていた。惨殺丸が自分の元には来ないことは分かっていたようだった。

刹那、王牙の死角、木の上から影が静かに、木の葉のすれる音すら立てずに王牙めがけて飛び込む。
それは惨殺丸だった。

「もらった」
惨殺丸はそう思った。この速度で斬りかかれば仕留められる、そう確信していた。

突如、別の影が飛び出し惨殺丸に襲いかかる。
なんとかはじいたものの別の方向へ吹っ飛ばされる惨殺丸。

「はっ、やっぱり狙ってやがったか」
王牙が愉快そうに惨殺丸に叫んだ。

「こうなると思ってな、やっぱり持つべきものは仲間だな、おい?」
その王牙の近くには先ほど飛び出した影、
「へっ、ダンナ。やっぱり俺を引き入れといて得しただろう?」
同じ深淵の第7位、ヘルズクロウが立っていた。





「深淵転覆の、始まりだ」
近くを通り過ぎた列車のライトが、男の周りを一瞬照らす。
男の足元には無数の死体が無造作に転がっていた。

「へっいよいよだな、ダンナ」
通信先のヘルズクロウが愉快そうに答えていた。

  • 最終更新:2016-03-19 23:54:13

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