師の想い、仲間の願い

どさりと、布団に倒れこみ身を任せる、今日はマリィの仕事を手伝ってやろうかとも思っていたが今はそんな気分
にすらなれなかった。
ひどく胸が痛む、実際肺が侵食されかけているのもあるだろうが、それ以上に今は精神的に参ってしまっていた。


「薄々気がついてはいたが、まさかゼルダみてぇな普通のアークスに感知されるくれぇまで侵食が進んでるとは
な……」


ティルトやロウフルの手前虚勢を張ったが、正直この問題を解決する方法など浮かばない、コハクの体を造った張
本人である【敗者】が既に死亡してしまっていることもあるが、そもそもコハクの研究データなど残っているはず
がない。


「あの時は夢中で、研究所ごとぶっ壊しちまったもんなァ……大体、俺が生まれたのがどこだったのかすら検討が
つかねぇ……」


苛立ちはストレスへ、そしてそのストレスはすぐに闘争心へと変換される。
コハクはむくりと起き上がるとなんとなく、本当にただなんとなくテラスへ出ていた。


「いい風だ……いつまでもこうして居れる身体なら、もっと気持ちいいんだろうなァ……」


風に身を任せ、本能の赴くままに翼を広げる。
……翼?俺にそんなもんあったっけか……まぁ、いいか。
飛び方はなんとなくわかっていた、てっとり早く移動する方法も、まるで生まれた頃から知っていたかのように。


「おらァッ!」


振り抜いた爪に沿って空間がぱっくりと割れ口を開ける、コハクは戸惑いもなくそこに足を踏み入れた。


「ハク…ちゃん…?」


「マスター!」


奥に入ろうとするコハクの背後から聞き覚えのある声がした、セツナに、マリィ……。
あれ、誰だっけか、そいつ等……。


「……あっ、だっ駄目ハクちゃん!行っちゃ駄目!」


「店長、マスター!」


桃色の髪の二人組がコハクの腕を引っ張る、全く力の入っていなかったコハクは無抵抗のまま引っ張られそのまま
背中から倒れこみ、テラスの床にその身を叩きつけられた。


「…ってぇなァ!何しやがる!」


「―――ッ!?」


ジャキリという音とともに変容したコハクの腕の先、鋭い爪が禍々しく閃く、マリィが声もなく身体を縮こまらせ
ると同時、セツナがコハクの懐に潜り込んでいた。


「ツキミサザンカッ!」


甲高い音が部屋に響き渡る、コハクはセツナの奇襲をその爪で受け止めたまま硬直していた。


「セツ…ナ…?」


自分のサポートパートナーの名を呼ぶと同時、コハクの翼と腕が赤黒いもやのようなものを放出しながら消えて
ゆく。
へなへなと倒れこむセツナを受け止めたところでコハクはようやく自分が置かれている状況に気がついた。


「…! セツナ、マリィ!おめェ等怪我は!?」


「私は平気です、マスター。 ちょっと、びっくりしてしまっただけで……」


「わ、私も~……えへへ、腰抜かしちゃったよ~」


マリィとセツナがにへらと笑う、だがコハクはそれに釣られて笑うことなどできなかった。
俺は今何をしようとしていた、コハクの脳裏に先日のティルトのクローンが浮かぶ、俺は今、あのクローンにした
ように、マリィをこの手で……。


「……ッ!?」


視線を落とした先の自分の掌が、今のコハクには血に染まって見えた。


「どうしたの、ハクちゃ……」


「すまねぇマリィ、セツナ……ちと出てくる」


マリィの言葉を遮りながらコハクが立ち上がる、セツナとマリィはコハクを止めようとしたが、手を伸ばすことは
出来なかった。
コハクの周囲に漂う“それ”は、もう既に手の付けられない程に、触れるのが憚られる程に、大きく、濃くなって
いるような気がして。


「あ、マスター! 丁度よかった、いきなり走り出したセツナ姉の着物持っ…て…」


後ろの方から歩いてきたカンナとコハクがすれ違う、たったそれだけでカンナはその場に座り込んでしまった。


「えっ…何…あれ…」


―――――――――数分後、惑星ナベリウス:遺跡地帯


「くそっ!くそっ!」


制御できないままに、拳を振るう。 本能のままに、刃が閃く。
命を屠り、地を喰らい、天をも穿ち、その白い獣は暴れていた。 抑えられぬ衝動のままに。


「くそったれがァァァァァァァ!」


その日、惑星ナベリウスの遺跡最深部にて無差別な小規模殲滅が行われた。
ゼッシュレイダ数体、ウォルガーダ数十体、その他ダーカー、原生種数百体程。参加者はたった一人。
あまりに苛烈なその力は他のアークスに影響を及ぼすと判断され、また本人の希望もあって彼が暴れまわっていた
その時、そのエリアには彼一人で降り立ち、他の者が入れぬよう配慮がなされていたという。


「データログからは削除しておきましたよ、全く、貴女は本当にお弟子さんに甘いですね」


「勘違いするんじゃないよ、この情報が漏れ出したらアークスは少なからず混乱するだろう? それに」


「それに?」


「あいつなら心配いらないよ、今のあいつなら、【敗者】なんかに負けたりしないさ」

  • 最終更新:2015-09-14 21:12:12

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード